サイト開設10周年記念企画リク◆九龍妖魔學園紀:皆主
甲ちゃんがはじめて九ちゃんへの恋心を理解してオタオタする話。NHKの中学生日記ぐらい甘酸っぱい感じで!












 始業前に登校したとき、教室はいつにも増して賑やかにざわついていた。

 その喧騒の中、皆守はあくびを噛み殺しながら自席に鞄を放り投げる。一応登校はしたものの、このまま授業に出るつもりは毛頭なかった。

 とにかく、眠い。昨夜は消灯前にベッドに潜り込んだというのに、なかなか寝つけず眠りも浅かった。原因はわかっている。―――昨日の昼休み以降顔を見せない、友人のことが気がかりだからだ。

 ここ最近は、当たり前のように彼が隣にいた。昼間の學園内ではもちろん、夜もバディとして遺跡探索に付き合うのが常だった。それなのに昨夜は誘いのメールもなく、今朝になって無理やり叩き起こされることもなかったのだ。

 睡眠時間を確保できるのは喜ばしいことだが、何かあったのだろうかと心配になって、皆守は夜通し満足に眠れなかった。気にすることはない、どうせ夜更かしたあげくの寝坊に違いない。勝手にそう決めつけて、それならそれで彼の遅刻を揶揄してやろうと、一人で時間どおりに登校したのだが。

「眠い……」

 遅れて教室に駆け込んでくるはずの友人を、人のことは言えないなとからかうつもりだった。とはいえ、このままでは睡魔に負けてしまいそうだ。保健室はまだ施錠されているかもしれないから、ひとまず屋上へ避難しようか。そう考えた時だった。

「聞いたか、葉佩の奴」

 その友人の名前が、寝不足の意識を強く弾いた。どうかしたのか、やはり何かあったのかと、皆守は知らず耳をそばだてる。聞こえてくるのは、教壇にいる男子生徒たちの話だ。

「知ってる知ってる、昨日からずっと七瀬の部屋にいたって」
「一晩中ってマジ?」

 思いがけない話に、なんだそれはと皆守は眉根を寄せた。九龍が昨夜どこで何をしていたのか確かに知らないが、何故そこで七瀬の部屋なのか。

「こっそり迎え入れたんだろ? 七瀬って真面目そうなのにな」
「葉佩もどうやって落としたんだか……」
「ていうかあの二人、いつからそういう関係なんだよ」
「で、その葉佩は?」
「保健室。八千穂に殴られたらしい」
「え、鉄拳制裁? 女子寮に入り込んだから? それとも……」

 囁き合う会話を繋いでみると、今朝女子寮の七瀬の部屋から九龍が出てきた、という生徒の証言がどうやら噂の発端らしい。そこから二人が付き合っているだの、実は八千穂との二股だの、下らない推測が広がっているようだ。

「……阿呆か」

 舌打ちと共にひとりごちて、皆守は教壇に背を向けた。ここに留まれば本人の代わりに質問責めされるかもしれないと、逃げるように教室を出る。行き先は少し迷って、九龍がいるという保健室だ。

 九龍と七瀬が付き合っているなど、単なる噂に決まっている。増してや八千穂と二股などあり得ない。本人がきっぱり否定すれば、そんな噂もやがて立ち消えてしまうはずだ。巻き込まれるのはごめんだし、なによりも面倒で仕方がない。確かめればいい。はっきりさせればいい。

 一階へ向かいながら、皆守は妙に苛立っている自分に気がついた。思わず立ち止まってパイプを噛んで、やめたとばかりに踵を返す。行き先を屋上に変更し、午前中を昼寝の時間と決め込んだ。馬鹿馬鹿しい、と思ったからだった。

 噂どおりなら九龍が七瀬、あるいは八千穂を特別な存在に選んだということになる。あの九龍が、遺跡第一の《宝探し屋》が、《秘宝》よりも一人の人間を―――ただの女子高生を、優先するわけがないではないか。ゆえに、噂は間違っている。わざわざ本人に訊ねてみるまでもない。

 結論づけた皆守は、屋上のいつもの場所、給水塔の陰に寝転んだ。理性の隅で、まるで自分に言い聞かせているようだという自嘲もちらつくが、気づかないふりで目を閉じた。

 心地よい風と快晴の空に、ゆっくりと眠りを誘われる。浅い夢の中、蘇るさっきのクラスメートたちの会話。葉佩って帰国子女だし、実は手ぇ早いんじゃねーの? 彼女の部屋で二人きりって、やることは一つだよな。そういえば七瀬も具合悪くて今日休みってマジか、ってことはやっぱり一晩中―――

「……」

 強引にそれを遮断して、皆守はしかめ面で瞼を持ち上げた。こそこそと猥談方向へ話を広げていた男子生徒たちを、脳裏で思いきり蹴り飛ばしておく。あり得ないだろう、とまた自らに言い聞かせたとき。

「あ、やっぱりここにいた」

 ひょい、とその九龍が顔を覗かせた。何故か心臓が跳ねた皆守は、彼の左頬に大仰な絆創膏を認めて、クラスメートの話を思い出す。

「……それ、八千穂に殴られた傷か?」
「そのとおり」

 皆守の視線に、九龍は苦笑を浮かべてみせた。

「もうお前も知ってるのか、今朝のこと。明日香ちゃん、有無を言わさずだぞ。弁解の余地どころか、身構える隙すらなかったという」

 言いながら屈託なく笑い、当然のように隣に座る九龍を、皆守は穏やかな気持ちで迎えた。先ほどまでの苛立ちが、それだけで嘘のように落ち着いてゆく。

 弁解ということは、何らかの事情があって九龍は七瀬の部屋にいたのだろう。別に二人は付き合っているわけではない。噂は、やはり噂にしかすぎなかったのだ。

 そうだ、と皆守は改めて確信した。そうだ、九龍が七瀬を特別に選ぶわけがない。何故なら、七瀬よりも自分の方が。

「……皆守?」

 どうかしたのか、と九龍が不思議そうに訊いてくる。皆守はふと浮上した己の思考に凍りついて、パイプを落としていたことに気がついた。

「いや……」

 ごまかすように笑って、パイプを拾う。階下から聞こえるチャイムの音に、それより、と話題を変えた。

「それより、もう授業が始まったぞ。サボり魔を連れ戻しにきたんじゃないのか?」

 屋上に来たとき、九龍は皆守を探していたような口ぶりだった。保健室で絆創膏を処置してもらった後、教室で皆守の姿がないことに気づき、出席させにきたのかと思っていたが。

「あーうん、そのつもりだったんだけど、もういいや」
「は?」
「俺も寝不足だし、疲れてるし。ちょっと、寝る」
「寝不足って、お前……」

 ごろりと横になる九龍を、皆守は半ば呆然と見つめた。彼女の部屋で一晩中、などというクラスメートの与太話がまた思い出されて、慌てて想像を振り払う。

「なあ九ちゃん」

 確信はあるが、単なる噂だと一蹴もできるが、気になるものは気になるのだ。皆守はできるだけ何気ないふりを装って、それとなく質問した。

「昨夜はどうしたんだ。七瀬の部屋にいたって聞いたんだが、本当なのか?」
「ん。そんで今朝早く寮監や明日香ちゃんに見つかって、このざまですよ。それだけで七瀬と付き合ってる、なんて噂が流れるんだもんなあ。あと何だっけ、明日香ちゃんと二股とか。あり得ないしー」

 既に睡魔が降りてきているのか、九龍は少し間延びした口調で答える。

「大体七瀬の部屋って言っても、別に一緒にいたわけじゃないのにさ」
「一緒じゃなかったって……それじゃ、七瀬は」
「ヒナ先生のとこに、っていうかもうその辺ややこしいから省略」
「……は?」

 話すのが面倒になってきたのだろう、九龍はひらひらと手を振って目を閉じた。中途半端な説明に納得いかず、皆守は九龍の肩をつかんで揺さぶる。

「おい、省略するな」
「んー」

 生返事をしながらも、九龍はどんどん眠りに落ちているようだ。何度か声をかけ続けるが、すぐ反応がなくなったのを見て、皆守は大きなため息をついた。

「お前な……」

 平和そうなその顔と寝息に、脱力して座り直す。呆れるしかない反面、全く嬉しくないといえば嘘になる。

 噂は間違っていた、九龍は七瀬を特別に選んだわけではなかった。当たり前だ。誰かのそばで、自分以外の人間の隣で、九龍がここまで無防備に眠ることはないはずだ。彼に一番信頼されているのは己なのだ。だから。

「……」

 そこまで考えて、皆守は衝撃に凍りついてしまった。また指先から滑り落ちたパイプが、からん、と澄んだ音を立てる。ぎこちなく向けた視線の先に、穏やかに眠る友人の顔。柔らかく揺れる前髪や伏せられた瞼、聞こえてくる静かな呼吸。

 駄目だ、と理性が訴えた。何が駄目なのか、今の自分にはわからない。無意識に伸ばした手のひらに、かすかな体温が伝わって。

「ん……」

 触れられて覚醒を促されたのか、九龍がわずか寝返りを打つ。その小さな声を引き金に、皆守は唐突に理解した。

 触れたいと思った、その感情の正体を。衝動の理由を。

「痛ッ!」

 気がつけばごまかすように、皆守は九龍の頬を叩いていた。そんなに力を込めたわけではなかったが、ちょうど八千穂に殴られた場所で、九龍が悲鳴を上げて跳ね起きる。

「い、いきなり何すんだよ!」
「……人の話の途中で寝るからだ。お前が悪い」
「は? 皆守なんて、そんなのしょっちゅうじゃないか!」

 喚く九龍を横目に、皆守は心中を悟られないよう、ポケットからジッポーを取り出した。震える指を抑えて鳴らしたそれは、幸い一度で火がついた。拾い上げたアロマに火を移し、くわえてわざとゆっくり燻らせる。表向きはいつもどおりの平静を装いつつ、胸の内では激しい動揺が渦を巻いている。

 ―――自分は、九龍のことが好きなのだ。友人関係を超越した、特別な意味で。

 改めて意識して、皆守は慌ててアロマを吸い込んだ。花の香りに幾分心が落ち着くと、代わりに小さな苛立ちが湧き上がった。

 先ほどとっさに責任転嫁したが、そのとおり全て九龍が悪い。こんな感情が生まれてしまったのは、ところ構わず愛を振り撒き無邪気に懐いてくる九龍のせいだ。自覚してしまったものは仕方ないし、こうなった以上は認めざるを得ないが、今は些細なことで表面化しただけにすぎない。まだ大丈夫だ、まだ間に合う。気づかれてしまう前に、こうしてごまかせているうちに、抑え込んでしまえばいい。

「……なんだよ」
「え。いや……」

 何か言いたげな表情で、九龍がこちらを見つめている。何もおかしなことはないだろうとばかりに、皆守はラベンダーの息を吐いてみせる。曖昧に頷いた九龍は、しかしやはりどこか奇妙な顔をして、そんな皆守を見守った。

 屋上のコンクリートの床に、落ちた衝撃で外れたままの銀色のパイプ。それに気づかないまま、皆守は剥き身のアロマスティックだけを吹かし続けた。











CONSCIOUS 1023
20110122UP




皆守さん、ごまかせてません。なんか皆守が変だ、って九龍も意識し始めた2004年10月23日。
甘酸っぱくならなくてすみません…リクエストありがとうございました!



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