持ち物検査 |
皆守皆守、と九龍が焦ったように屋上に駆け込んできたのは、六時限目の授業が始まる前だった。 例のごとく昼休みから屋上でサボり、そのまま放課後までここで寝ようと思っていた皆守である。突然まどろみを破られた騒々しさに、思いきり不機嫌な顔を作って親友を睨みつけた。 「なんだよ、うるせェな」 剣呑な半眼を気にすることなく、九龍は給水塔にもたれている皆守の隣に座り込む。両手を合わせて、拝むような姿勢で。 「あのさ、お願い。預かってほしい物があるんだ」 「……は?」 「放課後まででいいから」 九龍はそう言って、制服の両ポケットからわらわらと何かをつかみ出した。訝しげにそれを見やった皆守は、正体を知ってアロマパイプを落としそうになった。 「お前……これ」 「ゴム風船」 「……物は言いようだな」 軽く答えた九龍に眉を寄せて、積み上げられた避妊具の山を見る。 「なんでこんな物を大量に持ってんだ、お前は」 「朝男子寮で拾ったんだけど、部屋に戻る時間なくてそのまま持ってきちゃったんだよ」 普通拾わないだろと突っ込みたいところを抑えて、皆守は苛立たしげに髪をかき乱した。なんでもかんでも嬉しそうにゲットトレジャーとか言って、拾ってくる癖はなんとかならないのか。コンドームまでトレジャーか。まったく、おめでたい《宝探し屋》だな。 「……で? なんでこれを預かれって?」 「次の時間持ち物検査があるらしくってさ、見つかったらやばいかなって。お前どうせ次もサボるだろ?」 「そのつもりだが……持ち物検査? 中学生かよ。いや待て九ちゃん、その様子だと既に自分の物にした気満々だな?」 落し物だろ、と諭すと九龍は悪びれずに笑ってみせた。 「せっかくだし、もらっとこうかなって。使うしさ、俺」 「あのな、落し物なら談話室にでも置いておけばそのうち持ち主が現れ……っておい、使うって誰に対してだ!」 言い放たれた言葉を一瞬聞き流してしまった皆守は、思わず驚いて身を起こした。九龍はきょとんと目を丸くして。 「誰って……まだ決まってないけど」 「決ま……九ちゃん、お前な!」 不特定多数ってことかよ、と皆守は珍しく冷静さを欠いた様子でパイプを噛んだ。九龍はまだきょとんとして、急に怒りを露にした友人を見つめている。この時点で誤解が生じていることに、二人は気づいていない。 誰だどこのクラスの女だ、まさか八千穂を含めたバディの女共じゃないだろうな、意表をついて雛川や保健医という可能性もあるが、あるいは女じゃなくて男か、男なのか? お前が使うのかお前が使われるのかどっちなんだ、いやそんなことはどうでもいい問題はそういうことじゃない!というのが皆守の心中である。 植物油にするか小麦粉にするか、プリンやラーメンを入れるのはちょっともったいないし、カレーなんて入れたら殺されるかな、でもなんで投げつける化人を特定したいんだろ皆守、もしかしてカレー爆弾にするという前提でまずは自分が当たってみたいとか?というのが九龍の心中である。 内心穏やかではない皆守より、先に九龍が納得した。そこまでカレーが好きなのか、さすがカレー星人皆守甲太郎。勝手にそう結論づけて、無邪気な笑顔でにっこり笑った。 「わかった。んじゃ、お前に使ってやるよ」 カレー爆弾として。 決定的に言葉が足りない九龍の台詞は、正常な使用方法しか頭にない皆守を絶句させた。今度こそパイプを落としてしまったことに気づかないほど、充分な破壊力を持っていた。 「お、俺に使うって九ちゃん、何言ってんだ……」 「ん? だってお前、やられてみたいんだろ?」 カレー爆弾攻撃を。 目的語が省かれていなければ、皆守は即行で九龍を蹴り飛ばしていただろう。お前はカレーをコンドームに詰めて爆弾と称して攻撃しようってのか、そう怒鳴りつけた後、実行できないよう『ゴム風船』を没収したかもしれない。 しかし当然ながら、皆守は別の意味に解釈した。予想外の台詞に、葉佩九龍にはあまり常識が通用しないということを失念していた。とんでもなく違う方向で物事を考えているのかもしれないと、普段なら疑ってかかったのだが。 「い……いや、どちらかというと男としては、ヤられるよりはヤってみたいと思うんだが」 「あれ、そうなんだ?」 恐る恐る探るように言った皆守だったが、九龍はあくまでも笑顔を崩さない。カレーで爆弾を作るなんて言語道断!とか言って蹴り殺されるかと思ったのに。そんなことを考えているがゆえに当然である。 「じゃあ今夜にでもやってみる?」 ようやくパイプを拾った皆守は、思いがけず動揺してまた落としてしまった。なんだ俺は誘われてるのか、《H.A.N.T》いわく誘惑態勢に移行しますって感じなのか、是非それをガーターベルト装備で聞かせてくれ。内心のツッコミもなんだかおかしくなっている。 「あ、しまった」 鳴り響いた授業開始のチャイムに、九龍は慌てて立ち上がった。『ゴム風船』を皆守に握らせて、にぱっと人懐っこい笑顔を浮かべてみせる。既に意識は夜遊びに飛んでいて、爆弾調合レシピと投擲練習しか頭にない。 「じゃ、預けたからよろしくな!」 大急ぎで戻る背中を、皆守はぼんやりと見送った。同じように意識は夜に飛んでいるが、頭の中は妄想だらけだ。そこはドライなふりして十八歳、若さ溢れる高校生。 無理やり振り払って、渡されたコンドームをポケットに入れる。幾つあるのかと、思わず数など数えてしまいながら。
20061223up |