全校生徒公認











 昼休みが始まった頃に登校してきた皆守は、3−Cの教室が妙に騒がしいことに気づいて足を止めた。

 昨日遅くまで遺跡探索に付き合わされたせいで、睡眠は充分とは言いがたい。当の本人は相変わらず元気よく、いつもどおりの時間に皆守を起こしに来た。さすがに無理をさせたという自覚はあるのか、無視するとそのまま寝かせておいてくれたのだが。

「……まったく、ガキかお前は」

 入口からでもわかる、人だかりの中心は九龍である。昨夜はあれだけ無茶な探索をしておいて、全く疲労の様子が見えないのはどういうことだろう。そこはさすがプロの《宝探し屋》というべきかもしれないが、どうも無駄に元気で体力が有り余っている子供、というのが皆守の認識だった。

 今も満面の笑みで、周囲の生徒――女生徒ばかりだ――と楽しそうに話している。知らず機嫌が下降した皆守は、ふんと鼻を鳴らして自分の席に鞄を放り投げた。

「あ、おっはよー皆守! ってもう昼休みだけど」

 気づいた九龍が立ち上がって駆け寄ってくる。女生徒たちとの会話を断って来てくれたことに嬉しさを感じて、それでも不機嫌を装って、皆守は九龍を一瞥した。

「誰かさんのおかげで寝不足でな」
「あーごめんごめん」

 全く悪いとは思っていないような笑顔で、九龍が軽く謝ってくる。その両手の物に目を留めて、皆守はふと眉を寄せた。

 可愛らしくラッピングされたクッキーと、今食べていたらしく半分になったマドレーヌ。よく見ると彼の机の上には、似たような菓子が山のように積まれている。

「なんだ、それは」
「ああ、A組とB組の女子が調理実習で作ったらしくて」

 なるほど、と皆守は無意識に睨むような視線を女生徒の輪に送った。彼女たちは口々に、だって葉佩君ものすごく美味しそうに食べてくれるし、めちゃくちゃ感謝してくれるし、作りがいがあるっていうかプレゼントしがいがあるっていうか、などと黄色い声で盛り上がっている。

「モテモテだよね〜九龍クンって」

 隣にいた八千穂がこちらも笑顔で、納得したように頷いた。女子に人気があるのも当然だと、いつか彼女が言っていたことを思い出す。カッコイイし頭もいいし運動神経抜群だし、何より人懐っこくて親しみやすいんだよね。

「……ペットに餌をやる心境じゃないのか?」

 また女子に引っ張られて輪の中に戻ってしまった九龍を見送って、皆守は皮肉げに呟いてみせた。彼が人気者であることは事実だけに、どうも面白くない。餌がもらえれば誰にでも懐くのかと、怒りに似た何かを押し殺す。何故こんな苛立ちが生じるのか、自分でもよくわからないのだが。

「でも九龍クンが本命ってコ、結構いるみたい。バレンタインデーとかすごそうだよね」
「……まあな」

 容易に想像できるようで、皆守はため息混じりにアロマを吐いた。八千穂も小さく嘆息する。そういえば彼女も以前、調理実習で作ったというプリンを渡していなかったか。まったく、女の思考回路はわかりやすいというか。

「……ふん、下らねぇ」

 苛立ちを振り払うように言い捨てて、皆守は賑やかな人だかりに背を向けた。教室を出ようとしたところで、皆守、と予想どおりの声がかかる。

「今から昼飯? 俺もまだだから、一緒に食おうぜ」

 期待していなかったと言えば嘘になるが、走り寄ってきた九龍は相変わらず笑顔で、その無邪気さに思わず眩暈がした。

「お前、今食ってただろ」

 振り返った机の上には、まだ菓子が山積みに残っている。だってお菓子だし、と九龍は悪びれず笑った。そういうことじゃなくてだなと言いかけて、皆守は台詞を飲み込んだ。

 プレゼントを渡して喜んでもらい、それを会話のきっかけにしたかった女生徒もいるだろう。全く意識していないのか、あまり知らない他のクラスの女など興味がないのか、それとも。

「後でちゃんと全部食うから!」

 早く行こうぜと皆守の腕をつかんだ九龍は、振り返って手を振った。笑顔で応えた女生徒たちは、すぐに声をひそめて何やらこそこそと囁き始める。

「葉佩君ってさ、女の子より男友達といた方が楽しいのかな」
「そうそう特に皆守君、仲いいよねー」
「ちょっと仲良すぎるんじゃない?」
「いっつも一緒にいるしね」

 引っ張られるようにして教室を出ながら、皆守は知らず天を仰いだ。剣呑な光を含んだ彼女たちの視線が、背中に突き刺さっているような気がする。性別を超えて嫉妬するなよと呆れた皆守は、自身の底に燻る感情が同じものであることにいまだ気づいていない。

「何食おうかなあ。お前どうせカレーだろ」

 笑う九龍にそうだなと生返事をして、皆守はその肩に手を置いた。無意識の何気ない行動だったが、彼女たちに同様のことは気軽にできないだろうと思うと、わずかな優越感が込み上げた。

 その優越感のまま、九龍の肩を引き寄せる。突然のことによろめいた親友の顔を覗きこんで、台詞はわざと周囲に聞こえるように。

「カレーといえば、昨日仕込んでおいたんだが。今晩食いに来るか?」
「うわ、食う食う! お前のカレー美味いもんな!」

 九龍が嬉しそうに即答して、きらきらと目を輝かせた。つられて微笑んだ皆守は、我ながら思わず苦笑する。

 菓子がカレーになっただけだ。結局、同じことじゃないか。

「……ほら、行くぞ」

 誤魔化すように言って、肩を抱く手に力を込める。ドアを越える寸前、どこか恨みがましげな呟きが聞こえてきた。

「男友達っていうか……」
「実は最大のライバルかもね」

 下らないと思いながら、皆守は吹き出すようにして笑ってしまった。それを耳にした女生徒たちから、文句を言う声が遠く響いてくる。

「ん? 何? どした?」

 九龍だけが一人、きょとんと首を傾げていた。











20070219up


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