ただ会話しているだけ、でも嫉妬する











 賑やかな昼休みの教室。

 机に足を乗せて、頭の後ろで両腕を組んで、俺はカレーパンの到着を待っていた。

 眠すぎるさっきの授業のせいで、睡魔はまだ去ってくれない。屋上で待つことも考えたが、まあいいかと目を閉じる。とりあえず、眠い。昨夜も遅くまで夜遊びに付き合わされたせいだ。

 遺跡ではしゃぎまくる《宝探し屋》の姿と、パシリかよと文句を言いつつ売店へ走る背中が、瞼の裏で重なった。次いで、五分以内の近未来も容易に浮かび上がった。

 ――お待たせ皆守、天気いいから屋上行くか?

 カレーパンを掲げて、九龍は笑顔で声をかけてくるだろう。うとうとしていた俺は、面倒臭そうに生返事するのだ。早く行こうぜ、昼休み終わるだろ? そう言った九龍は強引に俺の腕を引いて、きっと屋上まで離してくれない。

 ふ、と笑みが込み上げた。こんなにも簡単に想像できるのは、半ばパターン化してしまっているからだ。それを受け入れている自分、不快ではない自分。意識すると否定したくなるが、事実には違いなく。

「お待たせ皆守! 天気いいから屋上行くか?」

 飛び込んできた元気な声は、あまりにも予想どおりの展開だった。呆れながら教室の扉を見ると、九龍が満開の笑顔で手を振っている。

「……ああ、そうだな」

 俺は気だるげに言って、面倒臭そうに同意した。そんな自分の行動も想像したとおりで、本格的に苦笑してしまう。その時。

「あ、葉佩」

 一人の男子生徒が、再度教室を出ようとした九龍を呼び止めた。顔は知っているが名前が思い出せない、確か隣のクラスの生徒だ。

「こないだ言ってた奴、今日取りに来いよ」
「え、マジ?」

 九龍はぱっと笑顔になって、生徒の方へ駆け寄った。どこか尻尾を振る犬を連想させて、なんとなく胸の辺りが重く疼く。

「満点出せたのか?」
「いやもう無理だと思ってさ、この際葉佩に託そうかと」
「おお、任せとけ!」

 そのまま、二人は何事か楽しそうに話し始めた。あそこの攻略法はこうだとか、今度また貸してやるよだとか、喧騒に紛れて会話はよく聞こえない。

「あれって二人プレイの方が効率いいんだよな」
「だったら一緒にやる?」
「やった! 俺全然クリアできなくてさー」
「んじゃ俺の部屋で」

 なんだか盛り上がっている様子を視界の端に捉えて、俺は無意識にアロマパイプを揺らしていた。……ゲームの話、か?

 別に九龍が誰と話そうが関係ないし、内容もどうでもいいはずだ。だがそもそも、そうやって己に言い聞かせていること自体がおかしい。自覚して、わずかな苛立ちが生じる。

「おい、九ちゃん」

 気がつけば立ち上がって、割り込むように言葉を発していた。余程不機嫌さをかもし出していたらしく、二人は驚いたように俺を見る。

「行くぞ、昼休みが終わる」
「あ、うん」

 戸惑ったように九龍が頷いた。知らず男子生徒を睨みつけた俺は、強引に九龍の腕を引いた。屋上まで離してやるものかと思った。











「なあ皆守、何か怒ってる?」

 誰もいない屋上に出るなり、俺は無言のまま給水塔にもたれて座り込んだ。九龍がパンを差し出しながら聞いてくる。

「別に。何も怒ってない」
「嘘。お前がそうやってパイプ揺らしてるの、苛々してる証拠なんだって」

 否定を更に否定して、九龍は当然のように俺の隣に座る。思わず舌打ちすると、ふいにその表情が綻んだ。

「あーわかった、ヤキモチだ」
「……は?」
「俺が知らない奴と知らない話題で盛り上がってたからだろ」

 実に的を射た指摘で、九龍は揶揄の笑みを浮かべてみせた。俺は鼻で笑って、阿呆かと適当にあしらってやる。が、かえって心得たように大きく頷かれた。……おい、勝手に決めつけて納得するな。

「単なる隣のクラスの男にまで嫉妬するなんて、ダルダルアロマのくせして実は情熱的なのね皆守さん。やだ、アタシってば罪なオトコ」

 朱堂の真似なのか、九龍は妙な女言葉でしなを作っている。その様子にまた苛立ちが募り、俺はパンの包みを開けようとしていた手を止めた。

 ああそうだ嫉妬だ悪いか、大体お前が誰彼構わず愛を振り撒くせいだろうが。

 内心で文句をぶつけて睨みつけるが、九龍の笑顔は変わらない。たとえそれを口にしても、コイツは笑ってかわすのだろう。なんだよ単にゲームの話してただけじゃんか、ああもしかして皆守も一緒にやりたかったとか?

 わかっててからかっているとしたら理不尽だ。いつもいつも俺だけが振り回される。俺だけが気にしている。俺だけが。

「お前は……」
「ん?」

 言いかけた呟きを、九龍は無邪気に促した。救いを求める声には敏感なくせに、こういうところは鈍いのか。それとも計算の上か、本当は俺の正体に気づいているからこそか。上等じゃないか。

 皮肉げに口角を上げながら、俺はゆっくりと手を伸ばした。振り回してやりたいと思う。俺と同じように、俺の些細な行動に一喜一憂すればいい。俺が気になって、俺のことを考えて、眠れなくなってしまえばいいと。

「……少しは、俺の痛みも思い知れ」
「へ」

 何か言われる前に、腕をつかんで引き寄せた。がちんと音がして、派手に歯と歯がぶつかった。ついでとばかりに噛みついてやると、驚いたように身体が跳ね上がった。

 短く呻いて、突き飛ばされる。予想していなかった分ダメージは大きかったらしく、九龍は涙目で口を押さえてうずくまってしまった。――ふん、ざまあみろ。

「そのダルダルアロマに火をつけたのは誰だ?」

 単なる挨拶としてキスを受け入れられるコイツのことだ、意味を持たせるには少々乱暴なのが手っ取り早い。恨めしげな視線に悦びすら覚えて、俺は笑って唇を舐めた。

「本当に罪な男だな、九ちゃん」

 広がった血の味は俺か九龍か、どちらのものなのかよくわからなかった。











20070526up


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