どれだけ望めば私のものになってくれますか











「Mission Completed!」

 綺麗な発音で宣言して、九龍は大げさにポーズを決めてみせた。どうだとばかりに振り返った笑顔は、賞賛の言葉を待っている。

 画面に大きく表示された、九百点を超える数字。ハイスコアを軽く塗り替えて一位に輝いた成績に、九龍は嬉々としてHABAKIの名前を入力している。

「……さすがだな」

 ベッドの上で壁にもたれていた俺は、雑誌から顔を上げて興味なさげに呟いてやった。それだけかよと、案の定九龍が唇を尖らせる。まるで子供みたいだ、俺は思わず苦笑した。

 クラスメートから借りてきたという本体とソフトと、銃の形をしたコントローラー。一緒に遊ぼうぜと部屋に誘われた夕食後から、九龍はこのゲームに夢中だった。画面に現れる様々な的を撃って点数を稼ぐ、ありふれたガンシューティングだ。

「今更そんなゲーム、面白いのか?」

 本物の銃を扱うプロにしてみれば、娯楽にもならないような気がするのだが。素朴な疑問に、九龍は無邪気に笑ってみせた。

「だって残り弾薬気にせず撃てるし、外しても殺されることないし。それにリアルじゃ得点なんて出ないだろ?」

 そう言うコイツが今クリアしたステージで、無駄撃ちも失敗もしていなかったことを俺は知っている。

 狙うべき的だけを素早く、正確に撃ち抜いてゆく無駄のない動き。遺跡でも見慣れた銃さばきは、本当にさすがとしか言いようのない腕前で。

「でもこれ、本物より軽いからちょっと照準ぶれるんだよね」
「そんなものなのか?」

 重いよりは扱いやすいイメージがあるのだが、玄人にはそうでもないらしい。不満そうにガンコントローラーを弄んでいた九龍は、笑顔でそれを差し出してきた。

「皆守もやってみる?」
「……下らねェな」

 俺はそれを一瞥すると、呟いてまた雑誌に目を落とした。全く興味を示さない俺に、九龍はにやりと挑発的な笑みを浮かべる。

「俺の得点を超えて一位になれたら、賞品に手作りカレーをご馳走してやってもいいんだけどなあ」
「……」
「地上最強カレーと月草カレー、どっちがいい?」

 ぴくりと動いた俺の反応に気づいたのか、九龍は首を傾げて聞いてきた。

 両方とも確かに、今まで食ったどのカレーよりも美味かった。遺跡で見つけた植物を使ったらしいのだが、そんな怪しげな材料であることも気にならなかったほどだ。が、貴重だという理由でまだ一度しか食わせてもらったことがない。

「カレー以外にお望みのものがあれば、なんなりとどうぞ」

 一位になれるわけがないという自信に満ちた笑顔で、九龍は両手を広げてみせた。たかがゲームとはいえ長年の経験で培われた才能だ、一般人が九龍の得点を超えることは無理だろう。だが、それはあくまでも一般人の話。

 無意識にコントローラーを受け取ってしまっていた俺は、デモ画面に飛ぶ鳥を追ってわずか躊躇した。時期尚早だと理性が歯止めを掛ける。少しでも力を見せるべきではない、それでも。

 ――本気を出せば、こんなゲーム。

「……望めば、なんでもくれるのか」
「もちろん」

 俺に勝てるもんならね、と九龍が笑う。勝利を信じて疑わないこの強気な友人を負かしてやりたいと、ちっぽけな嗜虐心が疼き始める。それはやがて負の感情を取り込んで、醜い欲望へと膨らんで。

 努めて保った平常心で、俺はコントローラーを構えた。











 休憩と称して床に転がったまま、九龍は眠ってしまったようだった。

「遊び疲れて寝るなんて、本当にガキみたいな奴だな」

 苦笑しながら、間抜けな寝顔を覗き込んでやる。頬をつねってみるが、むずがるように寝返るだけで起きる様子もない。

 俺は少しため息をついて、ゲーム画面に目を向けた。ランキング結果には相変わらず、九龍の自己ベストが一位に表示されている。二位以下は全て俺の名前。我ながらよく頑張ったもんだと自画自賛する。

 放り出していたガンコントローラーを拾い上げて、何気なくくるくると弄んだ。気紛れに構えてリプレイを選ぶ。ゲームが始まる明るい音楽。

 次々と現れる的も、飛んでくる鳥も、落ちてくる缶も。

 俺の目には、全てがスローモーションに見えた。見えるなら照準を合わせて、引き金を引くだけでいい。所詮は動体視力と反射神経が物を言うゲームだ。慣れれば、それは単純な流れ作業になる。――下らない。

「Mission Completed、だっけか?」

 九龍を真似て、俺はゲーム終了を宣言してみせた。軽く千点を超えた得点が、HABAKIの名前を二位に下げていた。塗り替えられたハイスコアを空白のままキャンセルして、皮肉げに笑う。

 そうだ、本当は簡単なことなのだ。九龍に勝つことも、裏切ることも、殺すことさえも。

「賞品は望むものをなんなりと、だったよな」

 ガンコントローラーを、眠っている九龍に向ける。これが本物の銃なら起きるだろうか、俺はためらうだろうか。こんなことで望みがかなうわけがないのに、殺意に似た衝動が駆け巡る。

「……じゃあ、今からお前は俺のものだ」

 引き金を引く音が、かちりと虚しく響いた。











20070517up


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