もう君以外見えないのに











 吸い込まれそうな闇色の瞳が、きょとんとこちらを見つめていた。

 重みで軋んだベッドのスプリングは、一度大きく沈んだきり動かない。押し倒した形になった親友の目は、不思議そうに俺を見上げたまま。

 至近距離だとよくわかる、自分の顔がそこに映っている。我ながららしくないと思う。眉を寄せて睨みつけて、切羽詰ったような表情だ。

 目を閉じてくれ、と密かに願った。そうすれば見られなくて済む。こんな余裕のない顔を、自分でも不可解なこの行動を。

 夕食後の寮の部屋で、ふと途切れた会話の隙間だった。他愛のない、下らない話題だったと思う。今日の体育は面白かったとか、明日の授業が面倒だとか、マミーズの新メニューが美味いだとか。――もうすぐ、遺跡の扉が全て開くだろうとか。

 気がつけば、手を伸ばしていた。ベッドを椅子代わりにしていた友人を、あっさりと押し倒して組み伏せていた。自分で仕掛けたことなのに、あからさまな体勢に狼狽する。沈黙を他人事のように感じる。

「……えーと」

 数十分にも感じられた静寂の後、ようやく九龍が言葉を発した。どこか困ったような口調だった。

「あのさ。何がしたいのか、聞いてもいいか?」

 臆することなく俺を見上げて、ぽつりと呟いてくる。揶揄でもなんでもない表情に、わからない、と俺は呻くように答えた。

 恋人という位置を得たいわけではない。この先の行為に及ぶことでそうなれるとも思わない。それでも他の奴らに平等に与えられる『友情』を、超えた何かが欲しいのは事実。

「俺は皆守のこと、かけがえのない親友だと思ってる」
「……わかってる」

 俺だって同じだ。

 無意識に、押さえつけた手首に力を込める。言いかけた言葉が声にならない。俺にとってもお前は親友、そのはずなのに。

 触れたいと思うし、抱きしめたいと思うし、腕の中に閉じ込めたいと思う。友人に対する想いではないとわかっていながら、全てがない交ぜになって渦を巻く。名前はつけられない。けれど、これは明らかに欲望と呼べるもの。

「……お前がどうしても俺とヤりたいってんなら、俺は構わないけど」

 目をそらすことなく、九龍が静かに告げる。その意味を取りかねて、聞き返そうとした俺を遮って。

「ただし、お前は親友だ。それは変わらないから」

 強い口調と視線に、貫かれたような気分になった。俺には言えない。手に入れてしまえば、きっと止まらなくなる。更にその先を求めたくなる。

「なあ、親友じゃ駄目なのか? 俺はお前のこと――

 続きを聞きたくなくて、口接けることで強引に台詞を塞いだ。九龍は目を閉じなかった。ただじっと俺を見つめて、真意を探ろうとしているかのようだった。

「……目を閉じろ」

 知らず、懇願するように息を吐く。その黒い瞳に、泣きそうな顔をした俺が映っている。

「閉じてくれ、九ちゃん」

 触れただけですぐ離した唇が、震えているのを自覚する。

「頼むから……」

 堪らず声が揺らいだ。親友でありたい、そばにいたい、その気持ちに嘘はない。けれどそれだけでは足りない――どうすればいい?

「……しょうがないなあ」

 ふ、と九龍が笑った。呆れたような柔らかい微笑に、拘束していた力が抜けた。

「だったら、ほら。ちゃんとキスする前に言うことは?」
「……」

 促されて、俺は喘ぐように告白を紡ぐ。うまく言葉にならなかったそれが、届いたかどうかは定かではないが。

 九龍は微笑んだまま、小さく呟いて目を閉じた。嘘つき、と聞こえた気がした。それでいい。見ないでくれ。見透かさないでくれ。これ以上、お前の中に引きずり込まないでくれ。

 俺は嘘つきで裏切り者で、永遠に暗闇をさ迷う運命だ。俺が瞼を伏せても何も変わらない。お前が視界を閉ざせばいい。

「九ちゃん……俺は」

 ――どうせ、もう何も見えない。











20070119up


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