離さない、君は俺のものだ











 軽く潜るからという九龍に付き合って、二人きりで訪れた遺跡だった。

 一度踏破した区画は罠も仕掛けもなく、待ち構えている敵も弱い。楽勝で進んでゆく《宝探し屋》の後を歩きながら、俺はいつの間にか堂々巡りの思考に沈んでいた。

 近いうち、訪れるだろう『その日』を思う。そうすると、胸も呼吸も苦しくなる。

 止めることはできないのか。行く手を遮ることはできないのか。これ以上奥へ進むな、これ以上扉を開けるな。無駄だとわかっていながら、繰り返し繰り返し願うように。

 気がつけば、戦闘が始まっていた。

 もちろん、俺が手助けをするまでもない。銃と剣と鞭を使い分けて、九龍は踊るように化人を倒してゆく。いつもならそれでも注意して見守って、寝たふりをして攻撃を避けさせていたのだが。

 九龍は既に傷を負っていた。身を翻したとき、赤い華のように血が舞うのが見えた。声をかけることもできず、俺はその場に凍りついてしまった。

 並外れた動体視力が、傷の場所と程度を勝手に告げてくる。右の瞼と頬、出血が派手なだけで大した怪我ではない。九龍が剣を左に持ち替える。外傷はないが、右腕も負傷したらしい。

 助けなければと己を叱咤して、逆にそれを静観しようとする自分に気がついた。矛盾している。本当は助ける必要も、守る必要もないのだと。

 何度も思い描いた最後の場面は、日を追うごとに鮮明になっている。溶岩の区画、灼熱の部屋。足を止めた俺の言葉に、信じていた親友の裏切りに、九龍はどんな顔をするのだろう。

 最初から決まっていたことだ。それが当たり前だと思っていたはずだ。だからこの胸の痛みは、ここまで惹かれてしまった俺の落ち度。

 戦闘は続いている。左手で器用に剣を操り、時折痛みに顔を歪ませながら、九龍は敵を屠ってゆく。

 ――もし、ここで倒れてしまえば。

 その方が、九龍にとって幸せだろうか。皆守甲太郎は親友だと信じたまま、裏切りを知ることもなく。

「皆守!」

 呼びかけで我に返ると、目の前で光の塵が弾けた。消える敵の残滓の向こう、血に濡れた九龍の顔が心配そうに覗き込んでいた。

 敵影消滅、と無機質な機械音声が響く。部屋に静寂が戻ってくる。下らない仮定を考えているうちに、戦闘は終わってしまったようだ。

「どした皆守、何か考え事?」

 剣を収めて、九龍がきょとんと首を傾げる。その頬を流れる赤い線に、俺は今更慌ててしまった。

「九ちゃん、怪我」
「平気平気。瞼って、ちょっと切っただけでえらい出血するんだよね」

 つい油断しちゃったよと明るく言って、九龍は救急セットを取り出した。手早く処置してゆく手許を見ながら、俺はほっとしている自分に気づく。――つい先ほどまでの思考が信じられない。

「大丈夫か。お前、右手かばってただろ」
「相変わらず心配性だなあ、大したことないって」

 本人がそう判断したなら、探索に支障はないのだろう。けれど見た目の凄絶さが、無意識に俺を焦らせた。

 九龍は強い、それはよく知っている。《執行委員》たちを倒して解放しただけでなく、彼らを共に戦う仲間として引き込んだ。だが、この後待つのは《生徒会役員》だ。今までのようにはいかないはずだ。

 双樹の香りに惑わされる九龍。神鳳の矢に貫かれる九龍。夷澤の拳に倒れる九龍。一抹の不安が形を取り、映像となって脳裏を過ぎる。可能性は否定できない事実を、血に濡れた九龍の姿が決定づける。知らず、俺は身を震わせた。

 他の、誰かに倒されるくらいなら。

 直接手を下さずに済むと思う反面、醜い欲望が湧き上がる。度を超えた独占欲だ。そんなもの、相手を無視した単なるエゴだというのに。

「九ちゃん……」
「んー?」

 呼びかけに振り向かないまま、九龍は救急セットを片づけている。あまりに無防備なその背中が、耐えがたい誘惑を連れてくる。

 今、足を振り下ろせば一瞬で終わるだろう。自らの死を悟らせもせず、楽に頭蓋を砕けるだろう。

 殺せ、と内側で声が聞こえた。《墓守》の本能なのか、取り憑いた《黒い砂》の意思なのか、それはまるで俺に命令しているかのように繰り返す。殺せ、殺してしまえ。墓荒らしに死を、墓荒らしに死を。

 九龍はまだ振り向かない。俺の殺気に気づかない。やめろと悲鳴を上げるのは、理性と良心と俺自身の弱さだろう。どうせ裏切ることになる、どうせ殺すことになる、それは避けられない運命だとわかっているくせに。

 ――墓荒らしに、死を。

 何かに操られるように、俺はゆっくりと息を吸い込んだ。ここで殺せば、共に沈んでゆけるだろうか。誰に邪魔されることなく、この暗い闇の底へ。

「九、ちゃん」

 絞り出した声に、ようやく九龍が振り返る。黒い瞳に捉われる前に、俺は片足を振り上げていた。











20070623up


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