優しくない瞳











 剣呑な光を宿した半眼が、不機嫌そうに見下ろしてくる。

 殺気すら滲ませているそれに、九龍は素直な感想とため息を吐いた。

「なんか、猫に捕らえられた獲物の気分」
「……なんだそれは」

 ぶっきらぼうに言い放って、皆守は両手に力を込めてきた。押さえられた手首が、更に痛みを訴える。手首だけではなく、硬い床に無理やり転がされた背中や頭も。

「あのさ。普通こういうときって、愛に満ち溢れた優しい笑顔でいるべきじゃないのか?」
「は?」

 呟いた台詞に、皆守が眉をひそめた。構わず、九龍は真面目に続けてみせる。

「んで耳元でこう、愛してるって囁いたりして」
「アホか」

 冗談を言ったつもりはなかったのに、一言であしらわれてしまった。自分の部屋と変わらない天井を見つめながら、九龍は次の言葉を考える。皆守は相変わらず睨むような表情で、九龍を上から押さえつけている。

 明日のために、ノートを借りにきただけだった。あまり真剣に授業を受けていない皆守も、さすが得意教科というべきか、生物のノートだけはわかりやすくまとめられている。探索疲れから前回サボってしまった九龍は、今晩中に写させてもらおうと思っていたのだが。

 どういう会話の流れからこうなったのか、よく覚えていない。気がつけば皆守が目の前にいて、突然視界が回転した。後頭部を打ちつけてから、床に押し倒されたのだと理解した。とはいえ理解したのは状況だけで、相手の心境まではわからない。

「……で?」

 このままでは埒が明かないと、九龍は皆守を促した。どうでもいいが床は痛いし、押さえられた体勢も苦しい。皆守は動かずに、小さく口を開いて。

「抵抗しろよ」
「……は?」

 今度は、九龍がアホかとあしらう番だった。無意識に、呆れた笑いを浮かべてしまう。

「なんだそれ。いきなり人を押し倒しておいて」
「いいから早く」

 語尾を奪って低く告げる、皆守の顔は真剣そのものだ。九龍はむっとして、あまりにも自分勝手すぎやしないかと睨み返す。

「抵抗ってのは、相手に対して抗うことだろ。それを望まれてるんだったら、今は抵抗しないことが俺の『抵抗』になるんじゃないのか」
「……屁理屈だな」
「お前に言われたくない」

 少しだけ表情を緩めた皆守だが、視線は九龍を捉えたまま微動だにしない。あからさまな体勢に加え、一歩間違えれば確実に恋人同士の距離だというのに、鳶色の瞳は肉食獣のそれだ。負けじと見つめて、九龍は唇をへの字に曲げた。

「それで、お前は結局何をどうしたいんだよ。とりあえず、理由を聞いていいか?」
「……」

 いい加減忍耐力も尽きてきたというのに、皆守は何も言わない。もちろん逃れることは簡単なのだが、九龍はあえてこのまま捕らえられることを選んだ。皆守が何故こんな行動をとったのか、その奥底にあるものは何なのか、知りたいし知るべきだと思ったのだ。

「……九ちゃん」

 やがて、皆守が低く呟いてきた。両手首を押さえる強さが増して、九龍はなんだよと眉根を寄せた。

「理由なんてない」

 どこか硬い表情をした皆守の顔が、ゆっくりと近づいてくる。

「だが、お前に抵抗する気がなければ、このまま……」

 次に為されようとしていることだけはなんとなく読めたが、それでも九龍は食われる小動物の気分だと思った。思ってから、まあ広い意味では間違いないかと苦笑した。

 次第に、近すぎて焦点が合わなくなる。半眼は閉じられることなく、やはり鋭い光で貫いてくる。薄く開く唇と、落ちる吐息。間近に迫る、柔らかな熱。

 視線を交錯させたまま、九龍はその瞬間を待った。あくまでもこちらに責任を押しつけるのなら、思いきり噛みついてやろうと思った。











20090215up


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