冷たい髪











 夜風に髪を遊ばせて、九龍は窓際に佇んでいた。

 吹き込む風はカーテンを弄り、顔や手など剥き出しの肌を冷たく刺す。寒くないのかと聞けば、空気の入れ替え中だとそっけない答えが返ってきた。

「とりあえず、とっとと行って早く帰ろうぜ」

 部屋に足を踏み入れて、皆守は九龍を促した。遺跡に行こうというメールが来たのは、つい先程のことだ。夕食後の惰眠を貪ろうとしていた皆守は、渋々九龍の部屋を訪れた。準備を済ませてから呼び出したのかと思いきや、彼はまだベストもゴーグルも身につけておらず、制服のまま、開け放された窓から外を眺めていた。

「……何かあったのか?」

 放り出された《H.A.N.T》を見て、訝しげに声をかけてみる。いつもの九龍なら、皆守を元気いっぱいに迎えて部屋を飛び出すというのに。

 ぼんやりと遠い目をしていた九龍が、その言葉に振り返る。我に返ったような、驚いたような顔だ。だがそれはすぐ微笑に取って替わり、わずか視線が外される。

「いや。なんでもないよ」

 嘘だ、と思った。もう一度問いかけようとして、皆守は質問を飲み込んだ。きっと問い詰めても無駄だろうと、諦めに似た思いを噛む。それに、何か隠すような事情があるのはお互い様だ。

「とにかく、行くなら早く準備しろ」

 わだかまりを抑え込んで、ベッドに腰かけながら急かしてやる。俺は貴重な睡眠時間を削って云々と文句を続けると、九龍は肩をすくめて窓を閉めた。さらさらと動いていた髪が落ち着き、部屋に静寂が降りる。

 皆守の隣で身を屈めた九龍は、ベストに道具を詰め込み始めた。窓際で感じた一種の愁いのような印象はどこへやら、銃を確かめる手つきは相変わらず鮮やかだ。

「……なあ、九ちゃん」
「ん?」

 何気なく呼びかけたものの、皆守は次に続ける言葉を持たない己に気がついた。それきり黙り込んでしまうと、九龍が手を休めて見上げてくる。

「何?」
「……いや」

 まっすぐな視線を遮りたくて、皆守はぽんと九龍の頭に手を置いた。九龍は少しだけ首を傾げると、特に気にしない様子で作業に戻った。

 無意識に、皆守は手のひらを滑らせる。ゆっくりと撫でた髪から、伝わってくる夜の冷気。

 闇に似たその色を、素直に綺麗だと思った。思ってから、皆守は自分の思考を恥じた。少なくとも、同い年の同性に抱くような感想ではない。たとえそれが、髪への感想でしかなかったとしても。

「……皆守」

 うつむいたまま、ふいに九龍が呟いてくる。淡々と弾丸を込める、その表情はうかがえない。

「ごめん。ありがとな」
「……あ?」

 何に対しての謝罪と感謝なのか、皆守は理解できずに聞き返した。これから探索に付き合うことなのか、何らかの事情を悟りながら何も聞かずにいることなのか、それとも。

「ありがとう」

 もう一度、はっきりと九龍が言う。やはりよくわからなかったが、まあいいかと皆守は考えるのをやめた。まだ九龍の髪を撫で続けていたことに気づき、我ながら慈しむような仕草だと自嘲した。

 床に落ちた《H.A.N.T》の受信画面には、《ロゼッタ協会》からのメールが表示されている。天香學園《生徒会》、執行委員及び役員に関する調査結果報告書。

 そこに自分の名前が並んでいたことを、皆守は知らない。











20090217up


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