振り向かないで、と願う背中











「行くんだろ。次の《秘宝》を探しに」

 質問ではなく、確認の響きで言葉が落ちた。

 語尾が少し震えた気がして、皆守はこっそり自嘲する。どうしても含まれてしまう、隠しきれない未練。切なさも淋しさも全て押し殺して、笑顔で送り出そうと思っていたのに。

「ああ、でも北海道だからな。そんなに遠く離れるわけじゃない」

 九龍は空を見上げ、晴れ晴れとした表情で答えている。心は既に次の任務地にあるかのような笑顔に、皆守はぐっと息を詰めた。せめて卒業式までの二か月と少し、それくらいならまだここにいてもいいんじゃないか。そう言いかけた台詞を、無理やり飲み込んで。

「卒業までは、まだ時間がある。《秘宝》が見つかったら、必ず、戻ってこいよ」

 穏やかに言って、皆守も笑ってみせた。頷く九龍がどこか淋しげに見えたのは、夕闇の錯覚かもしれない。少なからず別れの淋しさを共有しているはずだと思うのは、単なる自分の願望なのかもしれない。

 わかっている。九龍は《宝探し屋》で、自分は何もできない高校生にしかすぎない。引きとめる権利はないし、こうしてまた言葉を交わせるだけでも僥倖であり、奇跡なのだと。

「……待っている、から。だから、戻ってこいよ。お前が過ごした、この天香學園に」

 様々な想いを込めた声は、今度こそ小さく震えてしまった。ああと笑って、九龍は気づかないふりをしてくれた。

「……もう、日が暮れるな」

 呟きと共に、黒曜石の瞳が西の空へ向けられる。追うように、皆守も沈む太陽へと視線を投げる。見慣れたはずの夕暮れ、何の感慨もなく見送っていた一日の終わり。今は少しでも、日没が速度を落とせばいいのにと願う。

「んじゃ、そろそろ帰ろうか」

 大きく伸びをした九龍が、明るく言って振り返った。黄昏に映え、金色に縁取られているその姿を、皆守は目を細めて見守った。無意識に、手を伸ばしそうになる。腕をつかんで、引き寄せて、そして。

「行こうぜ」

 笑顔のまま、九龍は階下へ続く扉へと歩き出す。生返事を返した皆守は、少しだけ動いた己の手を握り締めた。もうすぐ遠く離れて会えなくなるのだと思うと、ひどく胸が締めつけられた。

 ―――笑顔で、送り出すつもりだった。九龍が晴れやかにこの學園を後にし、そしてまた、晴れやかに戻ってこられるように。

 黄昏を背に、皆守はゆっくりと九龍に続く。行くな、行かないでくれ、そう懇願したくなる感情を抑え込む。恐らく、自分は今ひどい顔をしている。駄々をこねる子供のような、泣きそうな顔を。

「とりあえず腹減ったし、マミーズでカレーでも食うか」

 普段と変わりなく、夕食に思いを馳せる九龍の無邪気な声。その背中に願いを込めて、皆守はラベンダーを吸い込んだ。

 振り向くな。もう少しだけ、後ろを見るな。目が合えば、きっと引き寄せて抱きしめてしまうから。意思に反して零れてしまった、この涙を隠すために。











20090221up


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