「あ。そういえばここの遺跡だったんだ」 何の脈絡もなくそう言った九龍に、皆守は少々面食らってしまった。 彼の突然の行動には慣れているのだが、時と場所を選んでほしいと思う。任務を終えて帰ってきた夜半過ぎ、ようやく二人で落ち着いたベッドの上だ。仕事から解放されて、せっかくそういう雰囲気になりかけていたというのに。 「……どこの何の遺跡だよ」 唇を離して、仏頂面で話の続きを促す。これ、と九龍が自らの右肩を示した。 「この傷痕。話したことあったよな」 眉根を寄せた皆守は、たった今甘噛みしたばかりの肩を見下ろした。鎖骨から背中側へ潜る白い切創痕は、わりと目立つ古い傷痕だ。 「ああ……昔、《秘宝》の入手に失敗したときの傷とか言ってたか」 以前聞いた経緯を思い出しながら、もう一度同じ場所に口付ける。同時に彼の過去にまで嫉妬した記憶も蘇り、あの頃は若かった、などと苦笑が込み上げた。 「そう。その遺跡がこの国の、ここの近くにあること今思い出した。懐かしいな、あれからまだ誰も《秘宝》を手に入れてないのかな」 言って、九龍は皆守に構わず起き上がろうとした。恐らく今現在の情報を、《H.A.N.T》で収集しようというのだろう。 「もういいだろ、忘れろよ」 舌打ちと共に、皆守はその身体をベッドに押し戻す。 「《秘宝》には発見されるべき時と発見するに相応しい人間が存在する、お前がそう言ったんだ。失敗したってことは、相応しくないと判断されたわけだろ」 「わからないぞ、発見されるべき時じゃなかっただけかも」 「あのな……」 組み敷いて固定するが、九龍は往生際悪く机の《H.A.N.T》に手を伸ばそうとしている。つい先程まで熱を帯びていたはずの目も、今やすっかり好奇心に輝く《宝探し屋》のそれだ。このままでは夜通し情報を集めたあげく、明日からの貴重な休暇を利用して、再挑戦してみようなどと言い出しかねない。容易に想像できる状況に、皆守は心の中で嘆息した。 「……九龍」 だがあえて笑みを刻み、色を含めて囁いてやる。吐息がかかる至近距離の耳元、わざと優しく掠れた声で。 「いいから、今は俺に溺れてろ」 刹那、九龍はぽかんと口を開けて絶句した。遅れて理解が落ちたのか、真っ赤になって顔をそむける。ああ、とかうう、とか不明瞭に呻きながら。 「……み、皆守ってさ」 「なんだよ」 「なんていうか、言動が時々めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……」 「そうか?」 更に何か言いかけた九龍だったが、やがて観念したようにため息をついた。皆守は喉を鳴らして笑い、また傷痕に愛撫の印をつけてゆく。丁寧に、執拗に、纏わる記憶を塗り替えようとするかのごとく。 「だったら、お前がそうさせてるんだ」 このまま夜が明けるまで、自分のことだけ考えていればいいとばかりに。
Cry for the Moon@20100221 |