「明日世界が終わるとしたら、皆守はどうする?」 「……は?」 突然降ってきた質問を、皆守はしかめ面で聞き返した。目を開けてみると、給水塔の上から覗き込む九龍の影が見える。その向こうには青空と、ゆったり流れる薄い雲。もちろんもしもの話だよ、と付け加える彼の表情は、逆光でよくわからない。 九龍が脈絡のない話を切り出すことは、これまでにも多々あった。それは放課後のマミーズだったり、夜遊び中の遺跡だったり、今のように昼休みの屋上だったり、時間と場所を選ばない。ただ思いつきを口にしているだけだと、皆守も軽くあしらうことに慣れていた。 「もしもも何も、そんなこと聞いてどうするんだよ」 給水塔にもたれ直し、あくび混じりに問い返す。興味を示さない皆守に、九龍は身を乗り出して。 「どうするっていうか、その人の性格がもろに出るし聞くだけで面白いだろ」 「下らないな」 ぶっきらぼうに言い放って、皆守は再び目を閉じた。そういえば昨夜のテレビで、人類滅亡をテーマにしたSF映画がやっていた気がする。思い返してみれば、教室でもクラスメートたちがその話で盛り上がっていた。異星人だのツチノコだの世界の終わりだの、まったく何が面白いというのか。 「女の子たちにも聞いたんだけど、やっぱり大切な人と一緒に過ごしたいってのが多いみたい。恋人とか、家族とか」 無視して寝ようとする皆守に構わず、九龍は話を続けている。どうでもいい。まったくもって下らない。そうは思えど、思考は無意識に引きずられてしまう。 ―――明日、世界が終わるとしたら。 本当に下らない空想話にしかすぎないが、自分なら普段と同じように過ごすだろう。カレーを食べて、昼寝をして、起きてまたカレーを食べて眠る。それだけだ。 「まあ皆守の場合、特に何もしなさそうだよな」 そんなことを考えていると、九龍が笑い混じりに言ってきた。 「最後の晩餐にカレー食ってそのまま寝て、寝てる間に世界が終わってそう」 「……ふん」 自分でも想像したとおりとはいえ、決めつけられると反論したくなる。意趣返しとばかりに皮肉を込めて、皆守は頭上に向けて言い放った。 「どうせ九ちゃんは、世界が終わるその瞬間も遺跡を探索してるんだろ」 「え? いや……うーん、さすがにそれはない気がする」 「……そうなのか?」 即座に肯定が返ってくるものと思っていた皆守は、意外な答えに眉根を寄せた。《宝探し屋》は天職だと豪語する九龍のことだ、遺跡に骨を埋めたいのだろうと勝手に推測していたのだ。だって、と九龍が口を開く。 「だって俺の場合、世界の終わりとか関係なくても、遺跡が墓場になる可能性が一番高いわけじゃん? だからあらかじめ死ぬことがわかってるなら、太陽の下で最期を迎えたいなって」 九龍の影が動いて、空を仰ぐ形になる。冬晴れの青と白い雲、冷たい風に揺れる黒髪。その様子が何故か妙に儚げに見えて、皆守は知らず息を詰まらせた。そうしてから、馬鹿げていると首を振った。 単なる例え話だ。世界は明日も存続しているし、九龍も生きてここにいる―――否。 そんな保証はどこにもない。明日も、九龍が皆守の隣にいるとは限らない。気がついて、今更のように動揺が押し寄せた。 そうだ。彼が《墓荒らし》である限り、今夜にでもその命は失われるかもしれないのだ。それにいずれあの場所で、真正面から敵対するときが来れば。 「……」 胸の痛みをごまかすように、皆守は勢いをつけて立ち上がった。わざとらしく伸びをして、ゆっくりと屋上の端へ向かう。遠く新宿の雑踏に視線を投げると、世界の終わりか、とふいに自嘲が込み上げた。 不可視の境界で閉ざされた學園、ここが己の世界の全てだ。何もしなくてもきっと、近いうちに終末が訪れるはずの。 眼下には、誰もいないグラウンドが見えた。柵を乗り越えてほんの少し足を踏み出せば、一瞬で終わるだろうかと想像した。本当は今すぐにでも終わらせるべきなのだ。これ以上、九龍を傷つけないために。これ以上、自分が傷つかないために。 崖っぷちに佇んで、誰かが背中を押してくれるのを待っているような感覚。―――ああ、眩暈がする。 「皆守ー、なんか機嫌悪い? 寝不足?」 背後で、軽やかに給水塔から飛び降りる音がする。慌てて駆け寄ってきた九龍は、やがて遠慮がちに手を伸ばしてくるだろう。もしかして昨夜遺跡に付き合わせたせいか、などと気遣いながら。 その手に突き落とされたいのか、捕まえて引きずり上げてほしいのか。 矛盾する感情を、皆守は瞼を伏せることで遮断した。明日世界が終わるとしたら、永遠に親友のままでいられるのにと思った。
世界が終わる日 |