思えば何年も前から同じことをしている気がする、とカリー
はため息をついた。もちろん、それは単なる気のせいではない。
これからもしばらくは繰り返すであろう、紛れもない現実だ。
「カリー」
背後から、聞き慣れた声が呼びかける。聞こえないふりをし
て、傍らに並んだ調味料を選ぶ。無意識に、彼の好む味付けを
選んでいる。知らず、またため息が出た。
「カリーってば」
「…なんだよ」
慣れた手つきで中華鍋を操りながら、カリーは少し不機嫌な
顔で振り向いてみせた。所在なげにうろうろしていた相棒が、
おあずけをくらった犬のような視線を投げてくる。
「…まだ?」
「だから向こうで座って待ってろって」
待ちきれないなら手伝えばいいのにとカリーは思う。まるで
手のかかる子供の、母親にでもなった気分だ。連想して思わず
天井を仰いだ。
腹が減った、と言い出したのは相棒だった。同じ学校を出て、
同じ職場で働いて、同じ場所で暮らして、腐れ縁以外の何もの
でもないと思わせてくれる長い付き合いの幼馴染みだ。そんな
彼が料理どころか、一切家事ができないということはもちろん
知り尽くしているのだが。
「たまにはお前が作れよ。休みの日なんだから」
「面倒だから嫌」
そう言ってコーラの缶を片手に煙草をふかす姿は、三度目の
ため息を誘わせた。撤回しよう。母親ではなく、ぐうたらで駄
目な夫を持つ疲れた主婦だ。
「だってカリーの作る飯、美味いんだもん」
「…そういうことは女に言ってやれ」
「言うに値する女がいない」
飲み終えた缶を潰しながら、相棒はうそぶいてみせる。単に
元々女がいないだけのくせにと呟くと、俺は理想が高いの、と
返された。
「じゃあ、もし俺がいなくなったらどうする?」
出来上がった炒飯を皿に盛り付けて、カリーは少し意地悪く
聞いてみた。食事を作るのも、家事をするのも、家賃を始め家
計を預かるのも全部カリーだ。気がついたら、そうなっていた。
自分の不在がどんな影響を及ぼすか、並べ立ててやるべく口を
開くと。
上目遣いの大きな目が、間髪入れずに即答した。
「大丈夫。だってカリー、いなくならないし」
自信満々の口調と、無邪気な笑顔の不意打ちだった。喉元ま
で上がっていた言葉を飲み込んで、カリーは思わず絶句する。
「…お前、なんでそんな自信たっぷりに…」
渡そうとした皿を奪い、相棒は揶揄混じりに微笑んで。
「じゃあカリー、俺のいない生活って考えられる?」
「お前こそ、俺のいない生活を考えられるのか?」
「可能不可能じゃなくて、ありえないから考えない」
強気で聞き返したカリーの質問は、またしても即答で終了さ
せられてしまった。相棒は待ちかねたようにスプーンを握り、
意識はすっかり目の前の炒飯だ。
「いや待て、いつ殉職してもおかしくない仕事だぞ? もしか
したら明日にでも、俺が凶悪犯に撃たれたりして…」
「そのときは泣いてやるよ」
笑顔のまま軽く言い放たれて、カリーは完全に脱力した。上
等だ。今度何かあったときは、死んだふりして確かめてやろう
じゃないか。この意地っ張りで調子いいだけの奴が、そう簡単
に泣くわけがないのだ。
「そうそう、ちゃんと仇も取ってやるからさ」
思い出したようにつけ加えて、相棒は幸せそうに炒飯をかき
こんでいる。後片付けをするべく台所に戻るカリーの、ため息
は既に四度目だった。
20050509 up
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