明日は、晴れるよね。
(ゴッドギャンブラー2)

























「明日は晴れるよね」

 振り向いた笑顔に言われて、刀はとっさに答えることができ
なかった。つい先ほどまでぼんやりと夜空を見上げて、別れを
惜しむ少し切ない空気だっただけに。

 戸惑いの表情を疑問と取ったのか、星は無邪気に両手を広げ
て。

「だって、天気いい方が幸先よさそう」

 言いながら、くるくると踊るように回る。嬉しさを身体全体
で表現する、まるで子供のようだと思う。

 それは、彼が待ち望んでいた旅立ちの日。

 不思議なものだ、と刀は心の中で苦笑した。師匠に会わせろ、
弟子にしろ、と押しかけてきたことが遠い昔のように思える。
送られてきたビデオは意味不明だし、本人は強引でしつこいし、
誰がこんなヘンな奴を紹介するものかと思っていたのに。

「…師匠によろしくな」
「うん」
「迷惑かけるんじゃないぞ」
「子供じゃあるまいし…」
「天気を気にするくらい子供だよお前は」

 からかうと、星は不満そうに唇を尖らせた。ほら、そういう
反応がまた子供だっていうんだ。追い討ちをかけられて、更に
膨れる表情が素直に可愛いと思う。

「晴れるかどうか、予知できたりしないのか?」

 彼が「能力」を発動させるときのポーズを真似て、刀は笑っ
て言ってみせた。夜空には無数の星が瞬いていて、明日も好天
だろうと思わせてくれているのだが。

「そういう力はないって、わかってるくせに」

 それでも同じポーズで、星は空を見上げている。その大きな
瞳に映るのは、雲一つない青空なのだろうかと想像する。

「だったら靴を投げて占ってみるとか」
「なにそれ?」
「日本式だよ」

 刀は踵だけ靴を脱いで、蹴る真似をしてみせた。明日天気に
なーれ。表なら晴れ、裏なら雨。

「へえ、よく知ってるなあ」
「カミヤマさんが…」

 教えてくれたことがある、と言いかけて刀は黙り込んだ。香
港で面倒を見てくれる予定だった、身元引受人の彼はもうこの
世にいない。

「…ねえ、師兄」

 思い出してうつむいた刀の暗い気分を吹き飛ばそうと、星の
笑顔が覗き込んできた。

「明日は晴れだって言って」

 断言してくれたら、気持ちよく出発できる気がする。快晴が
自分を応援してくれるような気がする。

「…星仔…」
「笑って?」

 言いかけた言葉を遮って、星はにっこり笑ってみせた。自ら
「賭聖」を名乗るだけにさすがのポーカーフェイスだが、刀は
その裏の何かを感じ取ってしまった。

 本当は、彼も淋しいのかもしれない。独り香港を離れて、叔
父や夢蘿や、刀としばらく会えなくなることが。

「…晴れるよ」

 絞り出した台詞は、少しかすれていた。淋しいのは自分の方
かもしれないと、刀は今更ながら気がついた。

「絶対に、晴れる」

 脱ぎかけていた靴を、蹴り飛ばす体勢に入る。これも一種の
賭けごとに違いはなく、ならば確実に表を出さなければならな
い。星のおかげで汚されずに済んだ、「賭侠」の名にかけて。

 確率はたかが二分の一、トランプで3を出すよりもはるかに
簡単なはずだ。占いごときで真剣に集中するなんて、我ながら
この風変わりな弟分に毒されていると思うけれど。

 それは決して不快なものではなく、むしろ。

「明日、天気になーれ!」

 大声で言い放つと、自然な笑いが込み上げた。目を輝かせて
靴の行方を見守る星の背景に、刀は澄み切った青空を思い描い
ていた。








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