それは、本音に近い嘘。

 僕は、夢中で求めている。逃げる身体を無理やり引き寄せて、君を支
配しながら。

「…憎んでいいよ、達哉…」

 言葉は君に届かない。溺れるようにもがいた手が、僕の肩をつかんで
きた。短い呼吸、押し殺した声、涙のにじむ瞳。君の五感の全てが、僕
を欲して喘いでいるかのような錯覚に陥る。

「本気だから。冗談なんかじゃないから。だから…憎んでいいよ」

 弱々しく、君が首を振った。否定しているのか、拒絶しているのか。
君を手に入れた僕は、悦びで思考が麻痺している。判断できない。

「…愛してる」

 さっきから何度もつぶやいている呪文を、君の耳元に落とし込む。君
がまた首を振って、僕にはそれが拒絶に見えた。それが普通だし、当然
なのだろう。けれど。

「達哉」

 優しく名前をささやいて、僕は君を抱きしめる。苦痛と快楽の混じっ
た切望を、ゆっくりと刻み込んでやる。耐えきれず漏れた君の声が、僕
の自我を甘く痺れさせた。自分が何をしているのかわからなくなる。何
もかもが曖昧になる。ただ、夢中で君を貪り続ける。
 繰り返した言葉が、君を捕らえたことは明らかだった。成り行きのよ
うなこの乾いた時間に、僕は狂喜乱舞した。至福と、優越。君は理解す
るだろうか。理解、してくれるだろうか。――否。

 それでもいい、と僕は思う。けれどごまかしもしないし、忘れさせて
もやらない。何度でも君に突きつけて、思い知らせてあげる。そのたび
に、君は認識すればいい。

「…愛してる、達哉」

 ――縛りつけて、閉じ込めた。
 君はもう、僕のもの。





 目が覚めると、外は既に明るかった。一日の始まりを告げる雀の声が、
妙にさわやかな朝を演出している。

 しばらくぼんやりと天井を見上げて、僕は隣を振り返った。君はまだ
眠りの途中で、安らかな寝息が僕の頬をくすぐっている。カーテンの向
こうでは薄雲が晴れたらしく、現れた陽の光が君の髪を照らした。舞い
散る、小さな虹。
 少し微笑みながら、それに触れてみる。虹は踊りながら、僕の指先で
儚く消えてゆく。しばらく、弄ぶ。また生まれ、散ってゆく光。――君
は、まだ目を覚まさない。

 寝顔を見つめながら、いっそこのまま目覚めなければいいのに、と思
った。永遠に僕の腕の中で、終わりのない夢を見ればいいのに。君は自
由で奔放で、誰にも束縛されない誇り高い獣。だからこそ。

 ――これが、短い幻でありませんように。

 眠る君の髪をすきながら、心の中で繰り返す。わかってる、『友情』
を超えて歪ませて壊したのは僕。君を捕らえて、犯して汚して傷つけた
のも僕。
 嫌われて当たり前だと思う。僕を避けたり、僕を見なくなったり。君
がそういう絶縁じみた態度を取っても、当然のことだと思う。けれどそ
れを想像すると、僕は心が引き裂かれるような痛みに襲われるのだ。

 もう二度と、君を失いたくない。君を忘れたくない。君を離したくな
い。君の瞳に僕が映らなくなるくらいなら、いっそのこと、本当に。

 朝陽の中、さらけ出された君の喉に目が吸いつけられる。にじんでい
るのは、僕がつけた鬱血の跡。その下にある、赤い生命の流れ。両手で
絞めつければ、きっと、簡単に。
 誘われるように手を伸ばす。軽く触れた指から、君の体温と鼓動が伝
わってくる。それは、生きている証。

 しばらくそうしたまま、吸いつく指を理性で制し、僕は静かに手を離
した。僕に対する君の答えが例え拒絶であっても、僕はもう君なしでは
生きてゆけない。そんな気がして。

「…憎んでよ、達哉」

 ゆっくり、つぶやいてみる。忘れられるより、無視されるより。君が
返してくれるなら、憎悪の感情でさえ僕は悦びを感じるだろう。君の愛
が欲しいとは思わない、僕が欲しいのは君の全て。君の存在、君自身。
君の時間も君の未来も。

 ――捕らわれた、と思った。

 君を捕まえたのは僕だ。僕が縛りつけて、腕の檻に閉じ込めたのだ。
昨日は、そう思った。けれど。

 今は閉じられている鳶色の瞳が、僕だけを映して揺れていたこと。色
づいた唇が、熱に浮かされたように僕の名前だけをつぶやいていたこと。
君の全てが僕を感じて、僕を求めて、僕に支配されて。何もかもが鮮明
に、僕の脳裏に蘇る。

 ――そう、捕らわれたのは、僕の方。

 君という光に。無意識のうちに。眩しすぎて、他には何も見えない。
君しか見えない、君しかいらない。そう思うのは、束縛された証拠では
ないだろうか。

 見えない鎖を、自らに課して。君をつないだつもりだったのに、僕の
方が自由を奪われている。――君が、僕を縛りつけている。

 意識すると、寒気に似た愉悦が這い上がってきた。少し、自嘲する。
きっと僕は狂ってるね、小さくささやいてみる。君のせいだよ、達哉。
だから、もっともっともっと。

「ん…」

 不意に君が身じろいで、寝返りを打った。髪だけでなく、睫毛にも虹
が散る。かすかにそれが動いたのは、目覚めが近い証拠だろうか。

「…達哉?」

 声をかけると、答えて瞼が少し震えた。そっと、微笑む。愛おしさか
らか、それともまた自嘲なのか。さっき君の命を奪いかけた冷たい指で、
その髪に触れて。

「…ねえ達哉、お願い」

 届かない懇願を舌に乗せる。お願い、達哉。汚れた僕を。束縛した僕
を。

「…もっと、壊して」

 君の首筋に、優しく噛みつく。唇から漏れた君の声が、いずれは消え
る赤い跡が、閃光のように僕の脳裏を駆け抜けていった。


 ――捕らわれて、つながれた。
 僕はもう、君のものだから。






枷 - convict -





「檻」続編でした。
相変わらず達哉に対して
執着強い淳です。


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