下弦の月








 自分の目が、嫌いだった。
 瞳の色。炎を映じ、血を透かした輝く赤。
 同じ色の壁に囲まれて、同じ色の水晶髑髏を弄ぶ。そこに映る、自分の姿
も赤。その色は、半身である「光」との差を主張する。
 感じる、共鳴。光はすぐ近くまで来ている。髑髏を台座に戻して、達哉は
少し笑った。
「…そんなに早く俺を消したいか、達哉」
 ひとりごちて、階下に意識を同調させてみる。獅子宮を四神殿の一番最初
に攻略すると決めたのは、リーダーである達哉本人だ。新たな仲間を得て、
カラコルから戻ってすぐに。
「…ふん」
 思わず、鼻で嘲笑う。彼らと自分とのレベルの違いは、達哉本人を感じれ
ば歴然だった。恐らくまだ、五人がかりでも自分は倒せないだろう。ことを
急ぎすぎた彼の失策。共鳴からわかる、苛立ちと焦燥。余程、影の存在が気
に食わないらしい。
 ――早く来い、達哉。
 心の中で、彼を呼ぶ。意識して、共鳴の鼓動を強める。
 どちらが本当の『周防達哉』なのか、思い知らせてやるから――。
 自分たちは今、磁石のように互いに引き合っているのだと思う。欠けた半
身だからこそ、求めもするし憎みもする。ただ一つ、己の存在をかけて。
 戦いと勝利の予感に、緋色の瞳が嗜虐の愉悦に輝いた。炎のごとく、嬉々
とした光を宿す。それは、影である証。
 ――だから、嫌いだった。




 勝負は嘘のように呆気なかった。四人目を倒し、達哉は頬に散った返り血
を舐める。残り、あと一人。次々と倒れる仲間たちに、為す術もなく立ち尽
くしている『周防達哉』。既に膝をついている彼を見て、達哉は血に濡れた
剣を突きつける。
「お前で最後だよ、達哉」
 見下ろして、達哉は半身の名を呼んだ。致命傷を負っているはずの彼の目
は、それでも揺るぎなくこちらをにらんでくる。鳶色の瞳。光である証。
「…どうだ? 死を目の前にした気分は」
 言葉をぶつけながら、達哉はその右腕を力任せにつかみ上げた。彼の手か
ら剣が落ち、澄んだ音が部屋に響く。彼が痛みに顔をしかめる。血に染まっ
たその瞳は鳶色。虹彩に映る自分の瞳は緋。
 『達哉』は何も言わなかった。否、言えなかったのかもしれない。瀕死の
自分と違い、相手はまだまだ余力充分だということがわかるからだろう。出
血のせいで抵抗する気力もないのか、その身体をぐったりと預けている。
「どうやって殺してほしい? まずはその目をくり抜いてやろうか、俺には
ないものだからな」
 乱暴に髪をつかみ、上を向かせて刃を閃かせる。このまま剣を引けば、す
ぐにでも殺すことができる。けれど、そんな簡単に終わってしまうのはつま
らない。
「ほら、もっと足掻けよ…達哉」
 虚ろにこちらを見つめたまま、半身は何かを言いかけた。すかさずつかん
だ右腕をねじり上げると、開いた唇から押し殺した悲鳴が漏れた。その細い
声に、達哉の背筋を愉悦が走る。影が光を支配している事実。彼の生死は自
分次第。そう思うと楽しくてたまらなくて、ぞくぞくする。
「このままおとなしく殺されるか?」
 無抵抗の彼の腕を、更にひねり上げて言い捨てる。骨のきしむ音がする。
耐えきれず喘いだ彼の声が、達哉の神経を甘く侵した。陶酔に似た感覚に、
思いきり力を込めてやる。絞り出される悲鳴。骨の折れる、鈍い音。
 もうすぐだ。もうすぐ、自分が彼になれる。このまま光と影が交替して、
自分こそが存在を許される。その方がふさわしいはずなのだ。流される戦い
を繰り返す彼よりも、生きることに執着のない彼よりも。
「…それとも、許しを乞うてみるか?」
 だらりと垂れ下がる右手をつかんだまま、達哉はぐいと彼を引き寄せた。
再び、小さな悲鳴が上がる。激痛に耐え、乱れた呼吸は熱を持っていて。
「不様だな」
 涙をにじませた鳶色の瞳が、影を映して揺れている。自分の右肩もかすか
な疼きを発していることに気づき、達哉は少し笑った。――彼の痛みは、自
分の痛み。何もかも、同じだからこそ。
 彼の胸を貫けば、自分の胸にも熱が走るのだろう。彼を殺せば、喪失感が
怒涛のように襲ってくるかもしれない。けれど、これからも生きるためには
そうするしかないのだ。光は影を受け入れられても、影は光を受け入れられ
ないから。それは、あまりにも光が強すぎるゆえの差。
 還りたい、などと思わない。ただ、彼になりたい。彼のように、今までも
そしてこれからも存在を許されたい、それだけだ。だから。
 目を細めて笑う。剣を振り上げる。言葉はゆっくりと、宣告するように。
「終わりだ…達哉」
 鳶色の瞳が大きく見開かれた。刃が閃く。視界が、緋色に染まる――。




 神殿から外に出ると、既に落ちた太陽を追いかけるように、青葉通りの向
こうに下弦の月が沈むところだった。残光で不可思議な色を放つそれは、笑
みの形に歪められた唇に似ている。『周防達哉』を光と影に分けたあの男を
連想し、達哉はしばらく月に見惚れた。
 所詮自分も、彼の手のひらの上で踊らされているだけなのだ。そう思うと
自嘲に笑いが込み上げてくる。存在を与えてくれたことは感謝している。け
れど、誰がおとなしく遊ばれてやるものか。心の中でそう毒づきながら。
 抱きしめて、己の存在を確かめる。生きていることを実感する。欠けた半
身は取り戻せなくても、決して光にはなれなくても、自分は今自分の意思で、
自分の力で、自分の足で地を踏みしめている。
 影にも意思があることを思い知らせてやりたい。全ての人間の影だと主張
する、そんな彼にも意思があるように。
 返り血に染まった達哉の身体を、夕闇が赤く照らしてきた。神殿の最深部
で眠る光に思いを馳せると、共鳴の代わりに甘い疼痛が全身を貫いた。手に
入れた、と思う。彼の全てを。自分の居場所を。
「…達哉…」
 誰に聞かせるともなく、達哉は目を閉じてつぶやいた。光の名前を呼んだ
のか、自分を確認したのか、定かではなく。
 ゆっくりと、目を開ける。夕闇を反射して輝くその瞳は、緋色にも、鳶色
にも見えた。
 




― I'm a loser. ―





一応表仕様の影達×達哉です。
ゲームでは死んでもやり直しきくけど、
実際はどうなんだろうなって思って。
全滅するたびに平行世界が
生まれるのかな、とかね。





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