Repeat









 肉を斬られる感触が、腕を伝って神経を侵した。
 飛び散る鮮血。真紅に染め上げられる視界。目の前で、緋色の瞳が嘲笑に
揺れる。
「…致命傷、だよなあ?」
 揶揄の響きをたっぷり含ませて、同じ声がそう言った。耐えられず膝をつ
くと、流れる血とともに全身の力が失われてゆくような気がした。
 不可思議に光る、獅子宮の床が赤く濁ってゆく。既に倒れている仲間たち
も、同じように赤い血だまりの中に沈んでいる。自分の力が到らなかったこ
とに、達哉は唇を噛み締めて後悔した。

 自分が判断を誤らなければ。もっと、自分が強ければ。

「残念だけど」
 赤い瞳が猫のように細められ、血に濡れた刃がかざされた。


「ここで終わりだよ…達哉」


 貫かれる鈍い音を。焼きついた激痛を。床に倒れる感覚を。――失われて
ゆく、命の光を。



 全てを、達哉は他人事のように感じていた。








 またあの夢だ、と思う。

 金色の蝶になって漂う自分。吸い込まれるように誘われる、金色の建物。
「周防達哉よ…」
 頭上で、誰かの声がする。はるか上の方から見下ろされているような、遠
い声。
「いまだ夢を見つけられぬまま、そこで果てるのかね?」
 それは質問というより確認の響きを持っていた。疑問符が反語になって、
達哉の意識を縛りつける。
「幾たび失敗しようとも、過去を振り返り、未来をつかもうとするのが人の
性…」
 言葉は独白のように、自ら言い聞かせるかのように。
「…さあ、今一度」
 彼が言った、それを合図にして。

 意識は蝶を離れ、また遠いところへ運ばれていった。








 ――気がつくと、獅子宮の前に立っていた。

「お腹も満たされてることだし、このまま行っちゃいましょう!」
 大丈夫よ達哉クン、と舞耶が言ってくる。
「回復薬もたっぷり仕入れたしねっ」
 にこにことリサが微笑んでいる。
「新しい武器も手に入れたし、鬼に金棒!」
 新品のギターケースを手に、栄吉がガッツポーズを取ってみせる。そんな
仲間たちを、淳は眩しそうに見守っていて。
 達哉は何も言わなかった。ただ獅子宮を見上げて、奇妙な既視感を味わっ
ていた。

 ――感じる、共鳴。影が、呼んでいる。同じ悪意を、ついこの間、間近に
感じなかったか?

「…タッちゃん?」
 先頭を切って扉を開けようとした栄吉が、動かない達哉を訝しげに見つめ
てきた。
 まだ駄目だ、と自分の内側で何かがつぶやく。第六感でも虫の知らせでも
なく、それは純粋な記憶に裏づけられた何か。

 ――今は、まだ勝てない。

「情人?」
 黙って獅子宮に背を向け、歩き出した達哉を追って、リサが首をかしげて
みせた。
「忘れ物?」
「…いや…」
 響く共鳴を振り払うように、ただ歩きながら。
「廃工場へ行く」
 背後の仲間に一言告げて、達哉は剣を握り締めた。



 脳裏に浮かぶ、一連のイメージ。次々と倒れる仲間たち。同じ顔で、同じ
手で、嬉々としてその命を屠る自分の影。為す術もなく、切り裂かれる自分。
絶望的な目で見上げた、輝く緋色の瞳。




『終わりだよ、達哉』




「…達哉クン」
 かけられた舞耶の声に、達哉ははっとして我に返った。彼女が心配そうに
見上げている。
「確かに私たち、達哉クンのこと頼りにしてるけど…なんでも一人で背負わ
ないで、ね?」
 振り返ると淳が目をそらした。いまだ抱いている罪悪感に、心を閉ざして
いるのだろう。否――自分は、はっきりと言わなかったか? 辛辣な言葉を
ぶつけてくる誰かに、憎んでいない、と断言しなかったか? それとも、そ
れは単に願望の夢の中の出来事か?

「…まだ、影には勝てない」
 達哉も目をそらして、ぽつりとつぶやいた。
「だから、もうしばらく力をつけよう」
 心の奥底に渦巻く不安と恐怖をうまく説明できずに、達哉はそのまま黙り
込んだ。腑に落ちないまま、仲間はそれでも納得したようだ。じゃあついで
に懸賞に応募しておきましょうよ、と舞耶がのんきに提案する。お腹が減る
頃に結果が出るから、それを確かめてからまた腹ごしらえして神殿に行きま
しょう、と。
 それはどこか決められたルートのような気がして、達哉は少し苦笑した。
昔、まだ兄と仲が良かった頃、二人で散々攻略したテレビゲームを思い出す。
初期RPGのそれはゲームバランスが悪く、ある程度経験値を稼がないと先
に進めなかった。地味に敵を倒していくのが面倒で、達哉はそれを全て兄に
任せていたのだが。
「…今回ばかりは、任せるわけにはいかないんだろうな」
 独白は誰にも届かず、空気に溶けて消えていった。




 これは、ゲームではない。
 だから、やり直しはきかない。
 リセットは、できない。
 全てを白紙に戻すことなど、不可能だ。

 ――不可能な、はずだ――。















 ――はるか遠く、世界の外側で。


 誰かがそれを見つめながら、笑っていた。









― Re-incarnation ―





ゲームオーバー後。
前回書いた「下弦の月」はこれと
平行世界のイメージです。
最後に笑っているのはフィレでしょうか
ニャルでしょうか、それとも
我々プレーヤーでしょうか?




BACK