カレイドスコープ
with diamonds |
いつものじんじゃのうらで、ぼくはきみがないているのをみつけました。 「どうしたの?」 ぼくはおどろいてききましたが、きみはなにもいいませんでした。きみの なきがおをみるのははじめてだったので、ぼくもなにもいえませんでした。 きのしたにすわりこんで、ぼくたちはしばらくだまっていました。 ぼくはきみで、きみはぼく。 そうしていると、きみがないているりゆうが、すこしはわかったようなきが しました。 |
水の中にいるみたいだ、と僕は思った。 全てがふわふわと浮遊していて、全てがぐるぐると回っていて。心も体もマ ーマレードみたいになって、ゆっくりと川のように流されてゆく。 空は万華鏡。岸辺には罪人の花。君は小舟。僕は流動体。 「…このまま死んだら、本当に天国に行けるかな」 水は、舟を運んでゆく。時折渦を作って、軽い悪戯をしながら。そのたびに、 小舟は小さな悲鳴を上げる。このまま沈むのも、大海原へ出るのも、全ては川 である僕次第。 ささやくと、君は虚ろに瞳を泳がせた。自嘲するように、地獄だろう、とつ ぶやくのが聞こえた。そうだねと微笑んで、僕は再び水になる。うねりながら、 君を運ぶ。天国でも、地獄でもかまわない。そこが、終点ならば。 「…なんで、泣くの?」 君の目ににじんだ涙を、僕は唇ですくい取った。 |
よるが、ちかづいてきています。 おひさまがしずんでゆくのを、ぼくたちはただならんでみていました。 ぼくたちをむかえにきてくれるひとは、だれもいません。だからじぶんで、 このひみつきちからかえらなければなりません。 「ねえ、かえろうよ」 ぼくはこころぼそくなってつぶやきました。きみはくびをふりました。また なみだがでてきたのか、ぼくからかおをそむけます。 ぼくまでなきたくなってきて、ぼくはきみのまえにすわりこみました。きみ がそのおおきなめで、ぼくをじっとみつめます。ぽろり、とおおつぶのなみだ がこぼれます。 「…もう、なかないで」 なんだかもったいなくて、ぼくはにっこりわらって、そのなみだをなめてみ ました。 きみは、すこしびっくりしていたみたいでした。 |
幻が手を振っている。青と黄色の花が、君に媚びを売っている。僕はそれを 摘み取って、胸に飾る。これは、摘んでもよい花。向こうに咲いている赤い花、 あれは殺さなければならない花。 このまま行けば、海に出る。君の涙と同じしょっぱい水と、僕の体が一つに なる。そしてまた、旅は続く。水平線の果てまで。水平線の果て、海が落ちる 切り立った崖まで。 「…大丈夫?」 君の意識が離れ始めて、僕は引き止めるべく声をかけた。海を漂い出した君 に、僕の声は聞こえない。僕の声はただ、空気の泡になって君を撫でるだけだ。 果てが見えてくる。水が滝になって落ちる、ものすごい音が響いてくる。飛 沫はさながら霧のようで、海と空の境目を白く曇らせている。 落ちれば、君は地上に戻ってしまうだろう。現実を取り戻して、またいつも の生活に戻るのだろう。そこは、楽園の終点。天国でも地獄でもない、僕が作 り出した虚構の世界。 僕は、必死で君を引き止める。失いたくなくて、奪われたくなくて。でも、 それは無駄な抵抗。僕自身である海も、そこから落ちようとしているのだから。 君の体が傾いて、僕はそれでも、君にすがりついていた。 |
めがさめると、きのうのことがうそのように、きみはいつもどおりわらって、 はしって、みんなとあそんでいました。 ぼくのひみつ。ぼくときみだけのひみつ。 ぼくはたぶん、いっしょうわすれないだろうとおもいます。 |
目覚めるとそこにはいつもの君がいて、いつもの朝があって、僕は眠い目を こすりながらいつもの挨拶をしていた。おはよう。今日も、きっと、変わらな い一日。 「ねえ、覚えてる?」 僕はカーテンを開けながら、まだベッドの中の君に話しかけた。空は青一色 だし、赤い花も見えない。もちろん、水平線もない。 目的語がなかったせいか、君は質問の意味を取りかねて、まばたきをして僕 を見つめた。色素の薄い髪が、太陽の光で金色に見える。僕はその光の糸をも てあそんで、空気に散らした。小さな虹が溶けてゆく。綺麗だ、と思った。 「…もう、泣かないでね」 僕はからかうように言って、もう一度その跡に口づけた。マーマレードの味 がして、僕たちは再び、万華鏡の空を見上げていた。 END |