その日、俺は水晶髑髏をもてあそびながら、カモを探して夢崎をうろ
ついていた。
 いつもどおりの日常、いつもどおりの命令。髑髏が満たされるまでと
いう期限つきだが、それでもこの退屈な日々は、永遠に続くかのように
思われて仕方なかった。

 飽きた、といってしまえばそれまでだ。

 街を回って、一般仮面党員からエナジーを回収する。貪欲な奴を探し
ては、ジョーカー様の儀式を勧める。噂によってこの世に生まれ、仮面
党の幹部となってからは、そんなうんざりした毎日の繰り返しだった。

 ああ、退屈退屈退屈。

 心の中で文句を並べ立てながら、それでも俺は忠実な幹部を演じて、
獲物を狩る肉食獣の瞳を光らせていた。緋色は抑えてあるから、多分周
囲の連中誰もが俺を「周防達哉」だと信じて疑わないだろう。
 もちろん、セブンス一イケてる男ということでそれなりに目立ってし
まっていたが、俺は全く気にしていなかった。あいつのことだ、髑髏だ
ってイケてるアクセサリーだと評判になるかもしれない。そう思うと、
少し笑いが込み上げてきた。

 そう。俺は今、「周防達哉」なのだ。

 学校をサボってゲーセンに入り浸っている奴らも、興味深そうにこち
らを見つめている女たちも。誰も、俺を奴の影だとは気づかない。気づ
くわけがない。
 瞳の色と人相さえ気をつければ、あいつの仲間だって俺を「達哉」だ
と認めてくれるだろう。今度暇を見つけて、あいつのふりをして悪事を
働いてやろうか。そんな思いつきがよぎったけれど、まずは任務を終え
てからだ、とため息をついた。

 露天商、ブティック、ファーストフード。既に仮面党に入党している
奴らからは、雀の涙ほどのエナジーしか搾り取れそうになかった。髑髏
の腹の足しにもなりそうになく、時間の無駄だと無視することにする。
が、そうなると俺の目に止まる奴なんかいやしない。エナジーの有り余
ってる奴らはまだ仮面党員ではなくて、こいつらにはまずジョーカー様
の儀式を行わせなければならなくて。

 …ちっ、めんどくせえ。

 舌打ちをして、俺は水晶髑髏を量ってみた。まあ焦ることはないだろ
う、そう思って髑髏をしまい込む。ったく、くっだらねえ人間どもめ。
早いとこ次の夢を生産しろっての。それができなきゃ滅びちまえ。
 ぶつぶつ文句を言いながら、俺は嫌になるくらい青い空を見上げた。
あーあ、今日はもうやめだ、やめやめ。こんな日はきっと、ジョーカー
様だって働きたくないに決まってる。

 勝手に任務を放り出して、俺はファーストフード店の角を曲がった。
とりあえず人ごみがうざったくて、人気のない道を選んだ結果だった。
まあ、いくら影とはいえ俺も周防達哉。やっぱり他人が苦手だというこ
となんだろうかな、と自己分析しながら。
 センター街の裏、細い道をたどると、誰もいない小さな公園に出た。
あるのは錆びれたブランコと、塗装の剥げたベンチだけ。大きな木は桜
だろうが、秋も深まり始めたこの季節、枯れ木に似たそれは寂しさを誘
うだけだ。
 表通りの賑やかさがわずかに届いて、それがかえって静けさを増して
いた。こんな天気のいい日には、年寄りが光合成をしていてもおかしく
ない場所なのだが。…ふーん、道を一本外したくらいでこれかよ。ま、
繁華街なんてこんなもんだろうけどさ。
 なんとなくその周囲を回ってみて、俺はぎょっとした。例の、鼓動に
似た共鳴が襲ってくる。近くにペルソナ使いがいる証拠だ、そう思って
気がついた。大木の死角になった、公園の隅のベンチに。

 俺の半身、俺の光。周防達哉本人が、そこにいた。

 戦慄する。噂によって存在を二分されてから、実際に会うのは初めて
だった。本当なら、殺気を剥き出しにして剣をかまえるべき場面なのだ
ろう。が、しかし。

「……」

 一気に、脱力感が襲ってきた。呆れて、物も言えなくなった。共鳴に
気づくのが遅れたのは、彼の意識がなかったからだ。つまり。

 そいつはそこで、豪快に昼寝などかましてくれていたのである。

「…おい?」

 呼びかけて、近づいてみる。起きる気配はない。うららかな太陽の日
差しに包まれて、どうやら熟睡しているらしい。仲間はどうしたんだ、
そう思って彼の意識に同調してみた。
 ブティックであれこれと品定めをしている他の四人についていけず、
買い物は任せ、店から出て散歩してみたところ、公園を見つけた。ベン
チに座って仲間を待っている間に、つい惰眠を貪ってしまっている。そ
んな記憶が読み取れて、俺はますます呆れ返ってしまった。

 バッカじゃねえの、こいつ。俺に殺してくれって言ってるようなもん
じゃないか。

 しゃがみこんで、視線の高さを低くしてみる。その顔を、下から見上
げる格好になる。
 午後の太陽は春のように暖かく、ほのかな眠気を誘ってきた。確かに、
こいつの気持ちもわかるけど。確かに、こんなところで殺意を抱く気に
もなれないけど。でも、これはあまりにも無防備すぎやしないか?
 武器である剣はベンチの下に転がってるし、起きてすぐペルソナを召
喚できるほど、こいつの寝起きはよくなかったはずだ。そういや、授業
中だってよく居眠りこいて怒られてたよな。ああ、どこでもすぐ寝られ
ることが特技だったっけ。達哉がそうだってことは俺もそうなんだろう
が、俺はここまで間抜けじゃない、と思いたい。

「…なあお前、本当に俺?」

 今は閉じられている鳶色の瞳を見つめながら、俺は声をかけた。同調
したのか、俺まで眠くなってくる。ちっ、幸せそうな顔しやがって。上
司の犬になって、働きまくってる俺とはえらい違いだな。これも光と影
の差ということか。せいぜい、今のうちに幸せを噛み締めておきやがれ。
いずれお前に替わって、「達哉」になってやるからな。

 どこか子供じみた敵意をぶつけながら、俺は少しため息をついた。本
当は今、達哉を殺すいいチャンスなのだ。寝ている間に苦しまずに死ね
る、こいつにとってもいいことなのだ。けれど、何故か俺は戦意を喪失
していて。
 わかった、あまりにもこいつが間抜け面で寝こけてやがるからだ。起
きているときはまっすぐこちらを見据える視線が、今は夢の世界を漂っ
ているからだ。そんな状態で殺したって、あっさりしすぎててつまんね
えもんな。
 俺は勝手に自分を納得させた。もう少し早く来れば、即戦闘突入でき
たかもしれないのにと後悔する。まあいいけど。俺が本気になれば、こ
んな奴。
 鼻で笑うと、達哉がわずかに身じろいだ。さすがに、長時間の直射日
光は暑く感じたらしい。どこか塀の上で日向ぼっこをしている猫を連想
させて、俺は少し眉をひそめてみせる。
 …これが、セブンス一イケてる男だって? そんな奴がこんなところ
で、無防備に舟漕いだりするもんなのか? それとも、これが「周防ク
ン可愛い〜♪」とかいって母性本能くすぐったりする結果になっている
のか? なんか、違わないか?

「おーい、達哉クーン?」

 表通りの方から、達哉を探す声が聞こえてきた。続いて近づく、複数
の共鳴。どうやら長い買い物が終わったようだ。そんでまた、こいつと
栄吉が荷物持ちにされるんだろうな。ご苦労なことで。

「…今日のところは、お前のボケっぷりに免じて見逃してやるよ」

 全く目覚める気配の見せない達哉に、俺は苦笑して立ち上がった。気
持ちよさそうな寝顔が憎らしくて、整った髪の中に右手を入れてぐちゃ
ぐちゃにかき乱してやる。俺と同じ、色素の薄い柔らかな髪。少しうめ
いただけで、それでもこいつは起きなかった。その警戒心のなさに、俺
は呆れるのを通り越して、一種尊敬まで覚えてしまった。上等だ、その
うち俺が終わることのない夢を見せてやろうじゃないか。俺の内側で、
一生。永遠に。

 暗い笑いを刻んで、踵を返す。俺は達哉で、達哉は俺。達哉のことは
全部知っているし、達哉の考えは手に取るようにわかる。なのに、本当
に同じ人間かと疑うほど、俺とは正反対の「周防達哉」。
 共存できたら、おもしろいかもしれないと思った。ほんの少しだけ、
そう思った。もちろん、そんなことはできないけれど。否、許されるわ
けがないのだけれど。

 遠ざかる共鳴を感じながら、俺は笑っている自分に気づいた。仮面党
のためにエナジー集めの毎日。まだしばらく続くだろう、同じことの繰
り返し。刺激がなくて、うんざりしていて。

 …なんだ、そうか。

 込み上げる笑いの原因を知って、俺はますます大声で笑いたくなった。
なんだ、めちゃくちゃ身近なところにいい暇つぶしの材料があったじゃ
ないか。しかも、俺は影。その気になれば、どこまでもあいつにつきま
とうことができる。それがあいつにとって不快であればあるほど、俺の
楽しみが増えたりしないか? 虐げる悦びが、大きくなったりしないか?

 そんなことを考えつつ、表通りに戻る。ブティックのショーウィンド
ウ、ガラスに映る自分自身。さっきまで退屈に憂えていたその顔は、新
しい玩具を見つけた子供のように輝いていた。


 


陽の当たる場所 - Happy toy -





珍しくほのぼのした
シャドウ達哉×達哉でした。


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