「ボクはキミのことが好きなんだ、日向クン」























「だから心中しよう。ね?」
「……なんでだよ」

 突然の告白と脈絡のない誘いに、日向は思いきり眉根を寄せてしまった。

 何が『だから』なのか、どうしてそうなるのか、全くもって意味不明だ。狛枝の言葉は相変わらず斜め上を疾走していて、到底理解できそうにない。そもそも理解しようと思うこと自体、間違っているのかもしれない。

 海岸線の砂浜では遠く、楽しそうにはしゃいでいる仲間たちの姿が見える。彼らと離れて浅瀬に入り、沖へ向かって真珠を探していた日向は、いつの間にか狛枝と二人きりになっていたことを後悔した。

 膝辺りで揺れる穏やかな水面と、反射してきらきらと輝く太陽。好きだなどと告白されるには、絶好のロケーションではあるかもしれないが。

「日向クンは、ボクのこと嫌い?」
「いや、別に嫌いってわけじゃ……」
「だったら、何の問題もないよね」

 しかめ面のまま反射的に否定すると、狛枝は嬉しそうに笑ってみせた。確かに嫌いではない。嫌いではないがだからといって、心中を受け入れられるほど好きなわけでは断じてない。というか、あまりにも思考が飛躍しすぎではないだろうか。

「だって好きな人と一緒に死ねるって、ものすごく幸せじゃない? 先立たれて残された方が淋しい思いをすることもないし、ボクがキミのために、キミがボクのために、お互いに一つしかない命を捧げ合って死ぬんだよ。これはもう究極の愛の形だよね!」
「お前な……」

 あくまでも無邪気な狛枝に、日向は心底呆れてしまった。言わんとすることはわからなくもないが、こちらの意思を無視して一方的に心中を迫ることの何が愛だ。

「だったら、お互いに一度しかない一生を捧げ合って生きる方が幸せだろ。死ねばそこで終わりなんだぞ? 好きな人と一緒に死ぬんじゃなくて、一緒に生きればいいじゃないか」
「……そう、かなあ」

 日向が諭すように言うと、狛枝は首を傾げてうつむいた。

「一生なんて、先のことはわからないよ。ボクのゴミみたいな才能なら尚更だよ。キミがボクの不運に巻き込まれて死ぬようなことがあったら、ボクは独りきりで残されるわけでしょ? そんなの嫌だよ。そうなる前に一緒に死ねる方が、幸せに決まってるよ」

 狛枝は水面を見つめながら、どこか淋しげに呟いている。かと思うと満面の笑みで。

「そうだ。ねえ日向クン、ボクはキミと一緒に死にたいって思ってる。だからここで心中を図ったら、ボクの幸運が今すぐボクたちを殺してくれるに違いないよ!」
「は?」

 どういう意味だと訊ねる間もなく、いきなり飛びつかれた。日向は狛枝を抱きとめた格好で、背中から海中に押し倒されてしまった。飛び散る派手な水飛沫。ごぼごぼと音を立てて、頬や耳を撫でてゆく泡の大群。

 上半身を起こせばすぐに水面から出て、呼吸が確保できる浅瀬だ。けれど、上から圧し掛かる狛枝がそれを許さない。突然のことに面食らいながら、日向はあえて抵抗せず至近距離の笑顔を見つめて、彼の真意を測ろうとした。

 光の屈折で歪んだその表情は、一種の狂気を映しているようにも見える。心中が究極の愛の形だという、刹那主義の主張には同意できない。相手が納得していないのに、残されるのが嫌だから一緒に死にたいなど、愛ではなくただのわがままではないか。ここで共に死ぬことが彼の幸運なら、結局自分は不運に巻き込まれたも同然ではないか。

 狛枝は友人だ。かけがえのない仲間だ。嫌いではなく、むしろ。

 沸々と湧き上がってくる苛立ちに、日向は拳を握り締めた。まずは思いきり突き飛ばして、この馬鹿げた心中ごっこを終わらせるために。幸運も不運も関係のない、己自身の意志を伝えるために。

 先のことはわからないからこそ、今を共に生きたいのだと。












ジャバウォック心中
20131027 コミックシティスパーク発行ペーパーより再録
20131101UP


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