頭がぐらぐらする。

 なんとか意識を持ち上げて、日向は虚ろに目を開けた。

 昼間でも薄暗く、狭い路地裏の一角。並べられたゴミ袋の山の間に、半ば埋もれているような状態だ。

 上半身を起こすと、右脚と脇腹が鈍い痛みを訴えた。舐めた口端は、まだ乾いていない血の味がする。左頬は青痣になっているかもしれない。

 ―――今日は、朝から運が悪かったのだ。

 頬を押さえた日向は、渋面になって今朝からの記憶を手繰り寄せた。

 まず、目覚まし時計が止まっていた。慌てて家を飛び出したものの、人身事故で電車が遅延。遅刻した一時限目に、抜き打ちテスト。更に教科書は忘れるし、購買のパンは目の前で売り切れるし、教師に雑用を頼まれるし、帰り道は帰り道でこれだ。

「はあ……」

 ため息を吐いて、落ちていた財布に手を伸ばす。元から大して入っていなかったが、思ったとおり千円札が全て抜き取られている。悔しさに噛み締めた唇から、また血の味が広がった。

 駅に向かう途中で、知らない連中に絡まれた。金や蛍光色に染めた髪、だらしなく着崩したジャージなど、一目で粗暴だとわかる四人組だった。何気なく目が合って、まずいと思った予感が的中した。

 生意気だとかなんとか言われてからは、予想どおりの展開だった。難癖をつけて路地裏に連れ込まれ、金を出せと脅されて、殴られたり蹴られたり。一体、自分が何をしたというのだ。本当に運が悪かったとしか言いようがなく、日向は泣きそうな気持ちで天を仰いだ。

 とはいえ、奪われたのは財布の数千円だけだ。家には定期で帰ることができるし、動けないほどの怪我でもないだろう。思って、とにかく立ち上がろうとしたとき。

「キミ、どうしたの? 大丈夫?」

 路地裏の入口から、声を掛けられた。見ると背の高い男子高校生が一人、心配そうにこちらを覗き込んでいる。白い髪に中性的な顔、すらりとした細身の肢体。

 目立つその容姿はもちろんのこと、日向は彼の制服に注目した。偏差値が高く入学金や授業料も高い、いわゆるセレブ御用達の螺旋高校。日向の通う小高高校から少し離れた場所にあるが、利用するのは同じ駅だ。帰宅途中の通りすがり、といったところか。

「何、ケンカ?」

 眉をひそめて歩み寄ってきた彼に、日向は首を横に振ってみせた。

「んん、じゃあカツアゲってやつ? この辺、最近多いみたいだけど」

 言いながら彼はすぐそばまでやってきて、苦笑と共に手を伸ばしてくれた。察しが良くて人懐こい奴だなと、日向はありがたくその手を借りて立ち上がる。動いた拍子に、また響く鈍痛。

「派手に殴られたみたいだね。病院、行った方がいいんじゃない?」
「いや、平気。そこまでじゃないし」

 気遣うような台詞に、今度は日向が苦笑した。つまり、それだけひどい怪我に見えるということか。

 改めて自分を見下ろすと、なるほどと納得してしまった。倒れたときに擦った制服は汚れているし、シャツの襟にはわずか血が散っている。切れた唇や青痣の頬は、さぞかし痛々しいに違いない。

「でも、びっくりしたよ。最初にキミを見つけたとき、死体かと思っちゃった」

 なんだか物騒な台詞を口にして、彼は明るく笑っている。日向が顔をしかめたことに気づいたのか、焦って両手を振ってみせた。

「あ、ごめんね、変なこと言っちゃって。どうも今日は、朝から運が悪くてさ」
「……そうなのか?」

 俺と同じじゃないか、と日向は親近感をくすぐられた。彼が指折り数え始める。

「パンを焼こうとしたらトースターが火を噴いて小火になるし、急いでたらホームに落ちて電車に轢かれそうになるし、化学の授業で薬品が爆発するし……ボク自身に怪我はなかったけどね。帰り道に死体を発見しちゃうくらいは、あり得るって思ったから」
「そ、そうか。なんか、すごいな」

 同じじゃなかった、と日向は引きつってしまった。不運のレベルが違いすぎる。笑い話ではないだろうに、彼は相変わらず笑顔のままだ。

「でも悪いことの後には、必ず良いことがあるに違いないんだ」

 自分だったら、こんな風に笑って話せないだろう。きっと一日中憂鬱で、暗い気分になるはずだ。彼は気にした様子もなく、鞄からハンカチを取り出している。

「だから不運が重なれば重なるほど、大きな幸運がやってくるんだよ」
「前向きだなお前、痛っ」

 ポジティブな思考にいっそ感心していると、前触れなくそのハンカチで口端を拭われた。しみるような痛みに顔をそむけるが、逆の手で押さえられてしまう。

「ちょっ……待て、汚れるだろそれ」
「いいから、じっとしてて。せめて血だけでも拭き取っておかないと、職質されるレベルなんだから」
「え。そんなにか?」

 神妙に頷かれて、日向はそれ以上何も言えず抗えなくなった。痛いことは痛くても、そこまで流血沙汰になっているとは思わなかったのだ。

 諦めておとなしく拭われながら、間近の彼の顔をぼんやり眺めてみる。白い髪と同様に、瞳も灰色で色素が薄い。もしかして、生粋の日本人ではないのだろうか。ああ睫毛も白いんだなと思ったとき、ふと目が合って微笑まれた。周囲に花が咲いたような、そんな優しく穏やかな雰囲気で。

「……こっ、これ、洗って返すから!」

 妙に照れてしまった日向は、慌ててハンカチを奪い取った。また彼が笑う。

「いいよ、別にそんなの」
「よくない! れ、礼儀だし!」
「……真面目なんだね」

 そう言う口調は揶揄ではなく、慈しむように柔らかい。急に恥ずかしくなってきて、日向は目を逸らして付け加えた。

「あ……明日、螺旋高校の前まで持ってくからさ。名前、教えてくれ」
「わざわざ学校まで来てもらうのも悪いし、この辺で待ち合わせしようよ。連絡先、交換しない? ボクは狛枝凪斗だよ」

 狛枝と名乗った生徒は、言いながら早速スマートフォンを操作し始めている。

「ボクのとこ、明日は午前だけなんだ。駅前まで来たら、連絡くれるかな。適当に時間潰してるよ」
「え? あ、ああ、わかった」

 促されるまま、日向は連絡先を交換した。螺旋高校は小高と逆方向だから、駅前辺りで待ち合わせた方が確かに手っ取り早いし、都合もいい。

「日向創。日向クンか」

 登録を終えた狛枝が、どこかうっとりしながら画面を指でなぞっている。

「もしかして今日の不運は全部、キミに会うための布石だったのかな」
「……え?」

 独り言を聞き返すも、なんでもないとごまかされてしまった。なんだか大げさなことを言われたような気がしつつ、日向は彼と並んで路地裏を出る。たわいのない世間話で意外に盛り上がるうち、気が合いそうだなと互いに笑い合った。

「それじゃ日向クン、帰ったらちゃんと手当てしてね。気をつけて、また明日」
「おう、またな」

 狛枝の言うとおり、悪いことの後には良いこともあるものだ。友人になれるだろう予感と共に、日向は笑顔で手を振り返した。









 翌日、放課後。狛枝に連絡して待ち合わせた日向は、駅前で人だかりに遭遇した。

 ざわめく野次馬、目の前を通り過ぎてゆく救急車。日向クン、と掛けられた声に振り向くと、狛枝が駆け寄ってくるところだった。

「ああ待たせたな、狛枝。ここで何か事故でもあったのか?」
「うん、そこの交差点で交通事故」

 何気なく訊ねた質問に、あっさりとした答えが返ってくる。

「信号無視の車が突っ込んできて、男性四人が巻き込まれたんだ。どうやらこの辺りに出没してた、金銭巻き上げ恐喝グループらしいよ」
「え……」

 日向の脳裏に、昨日の記憶が蘇る。あの男たちも四人組だったが、まさか。

「事故の瞬間ボクちょうど近くにいたんだけど、金とか蛍光とかに髪を染めた、イカニモな連中だったな。流行らないよねえ、今時」
「……そいつらだ。多分、昨日の」

 思わず喘ぐように呟くと、狛枝が目を丸くした。そのまま手を伸ばして、日向の左頬に指先で触れてくる。痛みも腫れも引いたとはいえ、まだ目立つ青痣に。

「事故に遭った四人って、昨日、日向クンを殴った連中なんだ?」

 その仕草があまりにも無造作で、日向は反応できなかった。確かめるように傷跡を撫でてから、狛枝はにっこり笑って。

「じゃあ、天罰だね。全員まだ生きてたみたいだけど、搬送先で死ぬんじゃないかな」

 当然だとでも言うように、軽く吐き出される言葉。あまりの軽さが違和感を呼び、静かな恐怖を連れてくる。底の見えない暗い淵が、ふいに口を開けたかのような。

「日向クン?」

 知らず後退していた日向に、狛枝がきょとんと首を傾げた。そこに悪意などは微塵もなく、無邪気そのものだからこそ。

「ねえ、そんなことよりお腹減らない? 時間あるなら、付き合ってくれる?」

 唐突に話題を変えて、駅前のファーストフードを示される。どこかはしゃいだ狛枝の笑顔に、日向ははっと我に返った。同時に、おぼろげな恐怖心も霧散した。―――恐怖? 馬鹿馬鹿しい。別に、狛枝があの連中に何かしたわけではないではないか。

 自分に言い聞かせるようにして、日向はそれ以上考えないようにした。天罰とは言い得て妙だ。単純に今日は彼らも運が悪かった、それだけなのだ。

「ああ、いいぞ。行くか」

 とにかく気持ちを切り替えながら、嬉しそうな狛枝に続いて足を踏み出す。

 その一歩が深淵に近づいていることを、今はまだ知らないまま。





   ◆◆◆





 混雑する駅前で、日向はぼんやりと人の流れを眺めていた。

 バレンタインデーの今日は心なしか、街全体が浮かれているように見える。学校帰りに遊ぼうと狛枝に誘われて了承したものの、いつもの待ち合わせ場所―――コンビニ横にはピンクのハートがこれでもかと乱舞していて、なんだかとても居心地が悪い。早く来いよ狛枝。

 マフラーに顎を埋めながら、日向は壁にもたれ直した。待ち時間が長く感じるのは、早めに着いてしまったせいだ。放課後に呼び出されたり校門で待ち伏せされたり、そういうイベントが特になかったからだ。

 全く期待していなかったといえば嘘になるが、チョコはクラスの女子から義理が三つという結果に終わった。とはいえ本命が欲しいと思う相手も今のところいないので、もらえるだけで素直に嬉しい日向である。

 ……狛枝はきっと、抱えきれないほどもらってるんだろうな。

 一日中大忙しに違いない友人に思いを馳せて、知らず眉根が寄った。彼が世間一般でいうところの『イケメン』であることは認めざるを得ず、更に成績も良く人当たりも良い好青年とくれば、女子に人気があって当然だ。

 待ち合わせに遅れているのは、放課後の急襲に合っているからか。加えて、他校の女子生徒に待ち伏せ攻撃もされているかもしれない。そしてそのほとんどが、気合いの入った本命チョコに決まっている。……羨ましくなんかないぞ、断じて。

「日向クン!」

 内心で言い訳をしたとき、ちょうど人ごみの向こうから駆け寄ってくる狛枝が見えた。ごめんお待たせ、と申し訳なさそうに笑う彼の両手には、それぞれ重そうな紙袋が握られている。

「……もしかしてそれ、全部チョコか?」
「あ、うん。これだけあるとさすがに重いね」

 疲れたとばかりに頷いて、狛枝は紙袋を足下に置いた。見てみると、綺麗にラッピングされた箱や袋がいくつも放り込まれている。予想以上の大漁っぷりだ。

「本当にモテるんだな、お前」
「別に……好きでもない子からもらっても、仕方ないし」

 そう言う狛枝はどこか淋しそうで、日向はふと悟ってしまった。もしかするとチョコが欲しいと彼自身が願う、いわゆる本命の女子からはもらえなかったのかもしれない。それなら、いくら数だけ多くても嬉しくはないだろう。

 なんだか落ち込んでいるようにも見える狛枝を、日向は内心で応援しておいた。どんな女子でも彼がねだれば、チョコくらい喜んで渡してくれるだろうに。そうは思えど悔しいので、口には出さないことにする。

「けどこれ全部食べるの、大変そうだな」

 沈んだ空気を払うべく明るく言って、改めて紙袋を覗き込む。パッケージからして高価そうな物ばかりなのは、やはり本命チョコが多いせいか。まあねと嘆息した狛枝は、続けて独り言のように呟いた。

「手作りのは捨てちゃうから、この半分くらいになるんだけど」
「え? 捨てちゃう、って……」

 信じられない単語を聞いた気がして、日向は目を丸くした。

「なんでだよ。せっかくの手作りだぞ?」
「手作りだからこそだよ。だって手作りなんて、何が入ってるかわからないじゃない」

 当然といったように、狛枝が軽く肩をすくめてみせる。それはそうだが、最初から決めつけるのはどうだろう。反論しようとすると、きょとんと首を傾げられた。

「日向クンは、もらったことないの? 爪や髪の毛、血とか唾液入りのチョコ」
「は、はあ!?」

 手作りチョコレートの可愛らしく健気なイメージが、一気におどろおどろしいものになってしまった。その言い方から察するに、狛枝はもらったことがあるらしい。日向は信じられないと顔をしかめた。

「なんだよ、その嫌がらせ……」
「嫌がらせ? ああそうじゃなくて、行きすぎた好意の結果ってやつだよ」

 一人憤慨している日向に、狛枝が苦笑する。

「実際、そうやって作った子を知ってるんだ。両想いになれますようにって、おまじないなんだとか」
「そ。それはおまじないというより、なんかもう、黒魔術の域じゃないか?」

 そんな怨念が込められたチョコは嫌だ。まさか狛枝にとっては毎年のことなのだろうかと、日向は想像して引きつった。

「黒魔術とまでいかなくても、似たようなものだよ。おまじないって名前をつければ、何をしてもいいと思ってるんだから。そんなことで両想いになんて、なれるわけないのにね」
「まあ、な……」

 わずかな嫌悪が込められた口調は、経験者は語るというやつなのだろう。モテる奴はモテるなりに、一般人にはわからない苦労をしているらしい。

「ああ、そっか」

 狛枝はぱちぱちと瞬きをして、目を細めて微笑んだ。

「やっぱり日向クンはそういうの、もらったことないんだね」
「はは……普通はないと思うぞ」
「普通、かあ。なんか羨ましいな。ボクがもらうチョコって、子供の頃からそんなのばかりだったから」
「子供の頃からかよ……」

 波乱万丈だなと、力なく笑おうとしてやめた。付き合いこそまだ短いが、それが狛枝なのだと妙に納得してしまう程度に、日向も彼のことを知り始めている。けれど。

「捨てるのはさすがにちょっと、いくらなんでも……」

 もう一度覗き込んでみた紙袋には、確かに手作りらしき物も入っているようだ。真面目にレシピどおりまともなチョコを作った女子もいるだろうに、恐らくはそれが大半に違いないのに、まとめて廃棄はやはりひどくないだろうか。

「えー、日向クンだったら食べられる? お腹壊すかもしれないのに?」
「そ、そこまでひどい物もあるのか?」
「もちろんだよ」

 日向の質問を受けて、狛枝が不満げに唇を尖らせる。

「ボクだって捨てるなんて申し訳ないし、忍びないよ。でも本当に、顔も名前も知らない子たちがほとんどなんだ。同じクラスの女子からももらったけど、あまり話したことなくて、遠巻きに見てる子ばかりで。だから、いきなり手作りチョコを渡されても……泣かれたくないから、一応受け取ることは受け取るだけで……」

 狛枝は言いにくそうに言葉を濁すと、そのまま黙り込んでしまった。ありがとうとチョコを受け取るその柔らかな笑顔は、日向にも容易に想像できる。そういう表向きは優しいところがまた、女子に騒がれる要因なのだろう。いくら影ではこっそり捨てているとはいえ。

 無言になった狛枝を横目に、日向は今日もらったチョコを思い浮かべてみた。義理だから三つとも市販の物だったし、わりと仲の良いクラスメイトの女子たちからだった。帰ったら普通に食べるつもりで、それが当たり前だと思っていたのだが。

 もし狛枝のように、全く知らない女子からの手作り品だったとしたら。黒魔術じみた怨念―――基、重すぎる恋心が込められていたとしたら。……うーん。確かにちょっと怖くて、素直に食べられないかもしれない。

「例えば日向クンの手作りチョコだったら、喜んで食べられるんだよ?」
「へ。な、なんで俺の手作り?」

 取りとめなく想像していた日向は、突然飛び込んできた自分の名前に驚いた。狛枝はしかめ面のまま、考え込むように両腕を組んでいる。

「例え話だよ。日向クンとは友達だから、既に信頼関係ができてるでしょ? キミだったら変な物入れて作るわけないって、安心して食べられる。そういうこと」
「ああ……なるほどな」

 互いにきちんと知り合いになった上での手作り品なら、大歓迎だということか。そう言われてみれば納得できるし、一理あるが。

「いや、でもわからないぞ? 信頼関係があるからこそ許されると思って、変なチョコを作るかもしれないじゃないか」
「え?」

 深く考えず口にした思いつきの反論に、狛枝が目を見開いて訊ねてきた。

「それってつまり、日向クンがボクのためにチョコを手作りしてくれた場合も、何か怪しい材料を入れる可能性があるってこと?」
「……俺を絡めたその例え話は、一旦横に置いといてくれ」

 なんでそうなるんだ。苦笑してあしらうも、狛枝は何故か顔を輝かせている。

「そ……そうだね。よく考えてみたら、日向クンの手作りなら何が入ってても喜んで食べられそうだよ。爪も髪も血も唾液も大歓迎だよ。だってそんな黒魔術に頼ってまで、ボクと仲良くなりたいって思ってくれたんだから!」
「やっぱり黒魔術なのかよ! っつーか例え話が飛躍しすぎだろ!?」

 妙なテンションの狛枝に、日向は呆れて突っ込んだ。基本的に非の打ちどころのない好青年といった狛枝だが、時折こうして常軌を逸したかのように、斜め上へ暴走することがある。いくら信頼できる友人のものとはいえ、爪や髪の毛入りのチョコなど食べたくはないだろう。血液や唾液などもってのほかだ。

「大体そんなことしなくても、お前とはもう仲良いし、もっと仲良くだってなれるだろ?」

 脱力して、ため息混じりに呟く。出逢いこそ偶然であり数奇な巡り合わせだったが、あれから学校の枠を超えて、それなりに友情を育んできたつもりだ。そんな、怪しげな魔術めいたものに頼る必要はないではないか。……ていうか、そこまでして仲良くなりたいってどんな心境だよ。それこそ両想いになりたいとか、恋心が絡んだ怨念以外あり得ないんじゃないのか?

「……」
「ん? どうした?」

 静かになった友人を不思議に思って見ると、言葉を失っているようだった。何かおかしなことを言っただろうか。戸惑う日向に、狛枝はやがてゆっくり微笑んで。

「ねえ、日向クン」
「な。なんだよ?」

 噛んで含んで囁くような呼びかけは、不意打ちされると心臓に悪い。無意識に身構えてしまったものの、狛枝は気にした様子もなく紙袋を指した。

「これからボクの家に来ない? 半分に減るとはいえ、それでも一人では食べきれない量だろうし。手伝ってよ」

 彼のことだから、知らない女子のチョコなど律儀に食べる必要はないと、放置して余らせて結局捨ててしまうかもしれない。手作り品を廃棄する理由はわからなくもないが、市販品までそれでは送り主はもちろん、チョコレートもかわいそうだ。

「……いいけど、お前がもらったチョコだからな。最低でも各一個ずつは食べろよ」
「うん。ありがとう日向クン!」

 精一杯の妥協に、狛枝は無邪気に頷いてみせた。そういえば日向クンが遊びにくるのって初めてだよね、なんだか緊張するなあ、ねえコンビニ寄って飲み物とか買って帰ろうよ。はしゃぐその様子は子供のように微笑ましく、日向は表情を緩めながら紙袋を一つ持ってやる。かなり重い。

「ところで、日向クンはチョコもらったの?」
「ああ、義理ばっかだけどな」
「……義理とか言いつつ実は本命、ってあり得るよね」
「いや、ないだろ。別に手作りでもなかったし……なんかお前の話聞いたら、無難に市販の義理チョコで安心した」
「そう? じゃあ、もしボクが手作りしたら食べてくれる?」
「はあ? なんでそういう話になるんだよ」
「言ったでしょ、信頼関係の例え話だって。え、食べてくれないの?」
「あーはいはい、食べる食べる」
「ほんとに?」

 身を乗り出す狛枝は、単なる例え話だと言うわりには嬉しそうだ。まあいいかと苦笑して、日向は改札口に向かって歩き出した。

「それじゃ、作ってみようかな」

 本気とも冗談ともつかない独り言が、背後で小さく呟かれる。

「女の子たちが信じてるおまじないの効果、ちょっと試したくなっちゃったし」
「……」

 付け足された物騒な言葉は、あえて聞こえなかったふりをしておいた。本当に手作りをするつもりなら、そのときは隣で一部始終を見張っておこうと思った。











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