石を踏む音がした。

 日向はとっさに振り返って、音の方向へ銃を向けた。ほぼ同時に少し離れた場所で、狛枝がこちらに銃を突きつけたところだった。

 互いに照準を合わせたまま、しばらく無言で睨み合う。見慣れたカーキ色のパーカー、炎に似た白い髪、左袖から覗く義手。狛枝の姿は行方不明になったときと同じだが、手の中の銃は未来機関支給のものではない。

 再会と無事を喜ぶ反面、日向は内心で苦虫を噛み潰した。どこから武器を入手したのか、今までどこに身を潜めていたのか、既に明確だ。

「……銃を捨てろ、狛枝」

 できるだけ低く、冷静さを装って語りかける。狛枝は微動だにせず、柔和な笑みを浮かべてみせた。

「それはこっちの台詞だよ、日向クン」

 殺意も敵意もなく、いっそ子どもをあやすかのような優しい声。銃の腕は互角、とはいえ彼には『幸運』がある。

「いいから、機関に戻れ。今ならまだ間に合う」

 いつでも撃てるよう狙いを定めながら、日向はゆっくりと諭した。冗談、と狛枝が笑う。

「もうあんなところうんざりだよ。未来の名を冠する組織よりも、絶望に迎合した方が希望を体現できそうだなんて、正に絶望的だよね」
「……」

 日向は何も言わないまま、銃口の先を睨みつけた。瓦礫の向こうからは、遠く爆発音が聞こえてくる。未来機関の捜索隊と、絶望の残党が鉢合わせたのかもしれない。

 狛枝凪斗と残党たちに対し、機関は射殺許可を出している。一人で追ってきて正解だった。見つけたのが自分でなければ、今頃ここは銃撃戦の舞台と化していただろう。

「もう一度言う。機関に戻れ」
「へえ。それだけ?」

 繰り返す日向に、狛枝が少しだけ首を傾げてみせる。

「撃たないの? それとも、撃てないのかな?」

 挑発混じりに問いかけられて、日向は知らず手に力を込めた。この場で彼を説得できるとは思えない。だが傷つけたくはないし、当然殺したくもない。そんな己の迷いは、とっくに見透かされているに違いない。

「日向クンは優しいねえ」

 相変わらず余裕の笑顔で、狛枝がわずかに距離を詰める。

「いくら本部の命令でも、そう簡単に恋人を殺すことはできない、って感じ?」
「ふざけるな。恋人じゃ、ない」
「あれ? 冷たいなあ。あんなに愛し合った仲なのに」
「ッ……あれは、お前が」

 反論しかけた語尾を、日向はぐっと呑み込んだ。思いがけず蘇る記憶を払い、詰められた分だけ後ずさる。相手のペースに乗せられては駄目だ。警戒する日向をよそに、狛枝はにっこりと笑ってみせた。

「まあいいや。キミが撃たないなら」

 構えたままの銃の引き金に、無造作に指を掛けて。

「ボクが撃つから」

 乾いた銃声がした。狛枝の楽しげな笑い声が重なった。

 悪戯めいた彼の瞳を、音速で迫りくる銃弾を、日向は他人事のように見つめていた。











無題
20170415UP


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