「狛枝」 唐突に声を掛けられて、狛枝は驚きと共に顔を上げた。 昼食時のレストランは、賑やかすぎて少し馴染めない。居心地の悪さを感じた狛枝は、独り隅の席で食事を終えて、ぼんやり会話を聞き流していたところだった。 「午後の予定、もう決まってるか?」 声の主は、先ほどまで仲間たちに囲まれていた日向だ。いつの間にか狛枝の隣に立って、こちらにお出かけチケットを差し出している。 「まだだったら、一緒に砂浜行かないか」 「……え。でも」 屈託なく笑う日向に、狛枝は思わず面食らってしまった。遠く聞こえていた会話の中で、彼は遊園地だの図書館だの色々と誘われていたはずなのだ。 「今日はお前と過ごそうって決めてたんだ。砂の城、未完成だろ」 狛枝の疑問を読み取ったのか、日向は笑顔で答えている。返事に窮していると、ふとその表情が曇った。 「あ。もしかして、他の誰かを誘うつもりだったか?」 視線の先、テーブルの上に置きっ放しのチケット。日向を誘いたくて悩んで結局遠慮して、ポケットに戻そうとしていた狛枝のものだ。 「こっこれはそうじゃなくて、ちょっと、どうしようかなって考えてただけで」 「そ、そうか」 狛枝は慌てて首を振ると、パーカーにチケットをしまい込んだ。日向を誘うつもりだった、などという本音はおこがましくて言えるわけがない。彼は人気者で、誰からも好かれていて、だから。 「じゃ、どうする?」 「……行く」 気がつけばわずかな逡巡の後、うつむいて了承していた。おう、と頷く日向の笑顔が眩しい。 「それじゃ、先にマーケット寄ってスコップとか持ってこよう」 「そうだね」 立ち上がりながらふと目を向けると、少し残念そうな顔をしている澪田が見えた。その隣の小泉、西園寺、罪木で、遊園地に行こうと日向を誘う話が聞こえていた気がする。少し離れた場所にいる七海も、ロビーでゲームしないかと日向に声を掛けていたはずだ。辺古山は九頭龍と映画館、ソニアは田中と揃って牧場、だっただろうか。終里は弐大と共にトレーニング、左右田は電気街、十神は図書館、花村は自分のコテージ。皆、超高校級の才能を持つすばらしい仲間だというのに。 どうして、ボクなんかを。 渦巻く喜びを噛み締めて、狛枝は知らず胸を押さえた。誘ってくれた。選んでくれた。自分は彼にとって優先すべき特別な存在なのだと、勘違いしてしまいそうだ。 「……あのさ、日向クン」 呼びかけに、日向が不思議そうに振り返る。恐らく彼は何も気づいていない。行き過ぎたこの好意も、歯止めが利かなくなりそうな想いも、本来向けるべきではない一途な感情も。 「キミの才能、当ててみていいかな」 「なんだよ急に。また超高校級のツンツンヘアーとか、癒し系とか言うなよ?」 そんなわけないんだからな、と日向は苦笑している。指摘すればきっと、呆れた顔をされるだろうけれど。 「うん。あのね」 揶揄混じりに、それでも言外に本気を込めて、狛枝はゆっくりと口を開いた。
超高校級の鈍感 |