ドアを開けた途端、冷たい風が身体を突き刺した。 寒いと悲鳴を上げる余裕すらなく、狛枝は息を詰めてマフラーに顎を埋める。雪は降っていないとはいえ、さすが12月の深夜というべきか。 「うわ、寒」 続いて出てきた日向が、コートの前を合わせながら呟いた。先ほどまで暖かい室内にいたから、温度差が堪えるのだろう。 会議が長引いたせいで、かなり遅くなってしまった。ここから車で街の中心部に戻って、ホテルまで1時間弱。できればどこかの店でゆっくり食事をして帰りたかったが、日付が変わろうとしているこの時間では、コンビニくらいしか営業していないだろう。 「はあ、遅くなっちゃったね。支部長の話、長すぎるよ」 不満を込めて嘆息すると、まあなと日向が苦笑した。 「責任者として、しっかり釘を刺しておきたいんだろ。所属が違えば部外者も同然だし、俺たちがこっちの支部へ出向するのは初めてだし」 「しかも、有名な問題児2人組だし?」 揶揄混じりに語尾を上げて、狛枝は軽く自虐する。同感だとばかりに、日向も肩をすくめてみせた。 「とにかく、明日からの視察が本番だ。問題児じゃないってとこ見せないとな」 自分たちの行動はそのまま、未来機関第十四支部の評価へと繋がる。そうだねと頷いた狛枝は、自らの白い吐息が夜に溶けてゆくのを見送った。 「というか、腹減らないか?」 車の鍵を取り出しながら、日向がふと振り返る。 「店開いてなさそうだから、途中でコンビニ寄ってくか。弁当とかおでんとか、残ってればいいんだけど」 「おでん?」 その小さな独り言に、狛枝は違和感を覚えて疑問を挟んだ。意外にイベント事を楽しもうとする彼にしては、珍しいと思ったのだ。 「せっかくのクリスマスイヴなんだし、そこはチキンとかケーキじゃないの?」 「え。あれ、そうだっけ」 目を丸くした日向は、今日が何の日か本気で忘れていたらしい。がしがしと頭を掻いて、申し訳なさそうに天を仰いだ。 「あー悪い。プレゼントとか、何も用意できてない」 「何、改まって」 「いや、たまにはいいかなって」 全くそんなつもりはなかったから、プレゼントという単語が新鮮に聞こえる。狛枝は笑って首を振った。 「別にいいよ、ここ最近ずっと忙しかったもん。ボクも何も用意してないからさ」 狛枝はその才能でよく失くしたり壊したりするし、日向の方は誕生日が近い。それなりに長い付き合いになる2人だが、わざわざクリスマスにプレゼントを贈り合う習慣はなかった。 「それにボクは、キミと一緒にいられるだけで十分だからね」 「口説き文句かよ……」 極上の微笑で囁いてみせたのに、日向は呆れ顔で脱力している。ふふ、と狛枝はわざと両手を広げた。 「口説かれてくれるの?」 「……気が向いたらな」 「じゃあ本気で口説かないとね、覚悟してね!」 「はいはい」 つれない相棒の少し後ろを歩きながら、狛枝はそっと口元を緩めた。チキンとケーキ、恋人と過ごす夜。そんな絵に描いたようなクリスマスというイベントに、特別な思い入れはないけれど。 ただ何気ない日常を、隣にいることが当たり前となった今を、限りなく愛しく思う。
イヴの夜・プレゼント |