階下から、爆発音が聞こえた。

 同時に揺れる建物と、震える空気。とっさに屈んでいたタイミングで、日向は空のマガジンを入れ替える。

「日向クン、前!」

 狛枝の叱咤に銃口を向けると、反射的に引き金を引いていた。最前線にいた一人の銃を弾き飛ばしたが、それだけだ。お返しとばかりに弾丸の雨で報復され、日向はまた机の陰に身を隠す。先ほどから鳴り続けている非常警報がうるさい。

「あーあ、書類……もうすぐ完成だったのに」

 床に落ちたパソコンを見て、狛枝が呑気にぼやいた。

「大体、なんでいきなり銃撃戦に巻き込まれなきゃならないわけ? こんな年の瀬に、大晦日に、さっさと残業終わらせて年越しそば食べようって、除夜の鐘を聞きながらラストスパート頑張ってたのに!」

 語気を荒げた狛枝が、苛立ちのまま後方へ銃を乱射する。何人かの呻き声と悲鳴が重なって、さすがだなと日向は口笛を吹きたくなった。

「その調子で殲滅してもらえると助かるんだけど」
「こういうことは機動隊の仕事でしょ、まだ来ないの!?」

 少し離れた場所で、また爆発音がした。敵が暴れているのか、味方が活路を開いてくれているのか、それだけでは判断できない。とにかく応援が来るまで持ち堪えるしかない。

 未来機関第十四支部、事務棟の一角。大晦日も書類仕事を詰め込まれた二人だったが、元日だけはなんとか休暇をもぎ取ることに成功した。今年が終わるまでにノルマを片付けて、寮に帰ってのんびり正月を満喫しようと話していたのに、とんだ仕事納めだ。

 ここ最近、絶望の残党たちの動きが活発になっている。機関支部が暴動に巻き込まれたり、襲われたりすることも珍しくはない。とはいえ、何も今日でなくてもいいではないか。

「連中も、年末年始くらい休めばいいのに」
「同感」

 ため息で頷くと、狛枝は柔らかく微笑んでみせた。かと思えば唐突に顔を近づけて、唇に唇を重ねてくる。軽く触れてすぐ離れたそれは、悪戯めいた弧を描いた。

「それともわざわざ、日向クンの誕生日を祝いにきてくれたのかな?」

 示された壁の時計は零時過ぎ、既に日付が変わっている。あまりの不意打ちに呆然と、日向は瞬きを繰り返した。

「誕生日おめでとう、日向クン。あと、今年もよろしく」
「……こんな誕生日と正月は嫌だ」
「あはっ。でもこれくらい騒がしい方が、ボクたちらしい感じしない?」
「なんか違う気がする……」
「大丈夫。この不運はきっと、素晴らしい幸運に繋がってるからね!」

 応戦しながらそんな言葉を交わす間にも、銃声と爆発音と警報は響き続けている。全弾撃ち尽くしたマガジンをまた入れ替えて、日向は大きく嘆息した。

「帰ったらさっきの、やり直しだからな」
「もう一度改めて、誕生日おめでとうって?」
「それから、今年もよろしくだ」
「キスも?」
「キスも」

 およそ銃撃戦の最中とは思えない会話に、どちらからともなく笑い合う。一年に一度の特別な日が散々な始まり方だが、狛枝の言うとおり自分たちらしいのかもしれない。そう思う時点で、随分と毒されている気がする。

 とにかくさっさと終わらせるに限ると、日向は無意識に唇を舐めた。先ほど移されたわずかなぬくもりを、噛み締めて味わうかのように。











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