木乃伊は暁に再生の夢を見る

1st. Discovery #4










 管理人に確認した自分の部屋は、三階の一番端だった。窓から覗くとすぐそこに外付けの非常階段があり、飛び移れば難なく抜け出せそうだ。裏手の墓地は目の前で、なかなか都合のいい場所である。
 ベッドと、机と、パソコン。備え付けの家具はどれも綺麗で真新しく、九龍はこの學園の金持ちっぷりに目を丸くしてしまった。そういえば学費、寮費も高かったような気がする。全て協会の経費で落とされるのだが、それでも根が貧乏性である九龍は、かえって落ち着かない自分の育ちの悪さを呪った。
 届いていた荷物を開封する前に、一応部屋の隅々まで調べておく。《転校生》が要注意人物とされているなら、隠しカメラや盗聴器などの可能性も考えられたのだ。が、さすがにそこまでではないようだった。
 荷物は《ロゼッタ協会》からの物だけだった。最近はほとんど協会本部をねぐらにしていたし、基本的に九龍には帰る家というものがない。ゆえに荷物といっても、遺跡探索に必要な装備品ばかりである。
 《H.A.N.T》と連動した機能を持つ暗視ゴーグル、収納力抜群のアサルトベスト、《ロゼッタ協会》のエンブレムが入った手袋。これらが協会に属するハンターの標準装備だ。それからヘラクレイオン遺跡でも愛用した、サブマシンガンMP5A4に9mmルガー弾薬百発、コンバットナイフ、ガス手榴弾三つである。
「……稼いでるくせに協会ってば、これっぽっちしか送ってくれないのかよ……」
 まあ、新人だもんな。思わずひとりごちて、九龍は手持ちの所持金を確認した。
 全財産、三万円。弾薬や新しい武器、爆弾はもちろん、食費やこまごました生活用品もこれでまかなわなければならない。
「しょーがない、バイトもしますかね」
 《H.A.N.T》を立ち上げて、自室に備え付けのパソコンとつなぐ。協会斡旋のギルドサイトには《秘宝》探索の依頼が集まっていて、九龍はいくつかそれをチェックしておいた。武器を扱う、ハンター御用達のネットショップも覗いておく。協会が無料配布している《宝探し屋》養成ゲームも気になったが、まずは本業に精を出すことにした。
 消灯の二十二時まで、まだ時間がある。
 校舎には入れなくとも、広い敷地内の様子は見ておいた方がいいだろう。できる限り、情報収集もしなければならない。
 つないでいた《H.A.N.T》をポケットに入れたとき、マナーモードを解除していたそれが、メールの受信を告げてくれた。協会からの装備発送の連絡はさっき来てたから、今度は何だ、と思えば八千穂である。
『もう皆守クンと寮に着いた頃かな。今日の月魅の話だけど、ホントに墓地に何かあるのかなあ? もし調べに行くなら、あたしも誘ってね絶対だよ! それじゃまたね〜!』
 ……八千穂ちゃん、やっぱり一緒に調べる気満々なのか。
 先ほどの皆守のように、天を仰ぎたい気分になって、九龍は《H.A.N.T》を閉じた。当然、誘う気などあるわけがなかった。これは命の危険を伴うかもしれない、プロの領域なのである。
 ヘラクレイオンではサラーという同行者がいたが、今回はまだ世間的には認知されていない、前人未踏の遺跡である可能性が高い。ゆえに案内人は存在しないし、バディとしての協力者や助手も期待できないだろう。大体、周りにいるのは特別な教育など何も受けていない、普通の人々ばかりなのだ。新米とはいえ曲がりなりにもプロとして、一般人を巻き込むわけにはいかない。
 銃などはしっかりベッドの下に隠して、とりあえず九龍は制服のまま部屋を出た。学校で必要なものは経費で降りるため、これをそのまま普段着であり仕事着にするつもりだった。そして寝るときは學園指定のジャージである。働く貧乏学生は辛い。
 鍵も忘れずかけて、九龍は扉のネームプレートを見つめた。「葉佩九龍」の四文字。ここが俺の部屋なんだな、などと感慨深げに思いながら、そこで初めて気がついた。
 隣の部屋。プレートに刻まれた文字は、「皆守甲太郎」。
「なんだ、お隣さんだったのかー」
 思わず呟いて、ノックしてしまっていた。だったら入口で別れずとも、部屋まで案内してくれたらよかったのに。それとも、単に隣だということを知らなかっただけか。
「ん……? 何だ、誰かと思ったら転校生か」
 ドアを開けて覗いた皆守は、既に部屋着に着替えていた。紫色のセーター一枚で、アロマパイプをくわえながら、やっぱり眠そうな顔をしている。
「おう、なんか隣の部屋だったみたいでさ。縁があるなあと思って」
 途端にそこから漂ってくるラベンダーの香りに、わかっていたことではあったが、それでも九龍は呆れざるをえなかった。ああもうこいつの部屋、全てにラベンダー臭が染み付いてるんだろうな。は、ひょっとしてそのセーターは紫じゃなくて、ラベンダー色とでも表現せねばならなかったか。
「悪いが、何か用があるなら明日にしてくれないか? そろそろ寝る時間なんでな」
「へ?」
 少々不機嫌そうな皆守を見て、時計を見て、九龍は耳を疑った。寝る時間……って、まださっき日が暮れたところじゃないか!
 え、お前今学校から帰ってきたばかりだよな? 高校生男子なら普通、これからが遊ぶ時間じゃないのか? 寝ることしか趣味がないのか? なんかそれ、若者として寒くないか?
 目を丸くして固まっている九龍をどう思ったのか、皆守は呆れたように。
「そら見ろ。こんな時間に出歩くから、身体が冷えるんだ」
 いや確かに寒いとは思ったけど、そういう寒いじゃなくてだな。
「とにかく、俺はベッドに入る。お前も早いところ自分の部屋に戻って、暖かくして寝ろ」
「はあ……」
 問答無用で閉まる扉を見つめながら、なんだか母親に説教されたみたいだ、とおぼろげに思ってしまった。
 もちろん、既に色あせた想い出の中の母親とは、似ても似つかなかったわけだが。




 一通り敷地内を見て回り、情報収集をして、帰ってきたのは二十二時少し手前だった。寮の共有スペースであるキッチンや娯楽室、浴室や洗濯室など、まだちらほらと生徒の姿も見える。
 なんか、あんまり大した情報は得られなかったなあ。
 部屋に戻った九龍は探索準備を整えつつ、頭の中で整理した。
 夜は一人でうろつくな、と白岐に念を押されたこと。
 今度の休みにでも一緒にテニスをしよう、と八千穂に誘われたこと。
 マミーズで働く舞草を見ながら、久々に取ったまともな夕食。
 礼拝堂にいた雛川からは、親と離れて一人暮らしは淋しくないかと聞かれた。
「一人の時間を楽しめるのは、とっても素敵なことだと思うわ」
 慣れていると答えると、雛川は微笑んだ。
「葉佩君はとても明るくて素直ないい子だから、きっともう寮でもたくさん友達ができたんでしょうね」
 誉め言葉でもなんでもない、正直な感想だったのだろう。けれど九龍本人にとっては、なんだか過大評価されているように思えて、否定したくなってしまった。
「……たくさん友達が、ねえ」
 呟いて、極力音を立てないように、手早く銃の手入れを済ませてゆく。寮の壁は薄くはないだろうが、隣室が隣室だ。いつも寝ぼけ眼でのらりくらりしながらも、妙に鋭いところがありそうな、そんな空気を纏った男。
「まともに喋ったことある男子生徒、まだ皆守だけなんだけどね」
 彼は、もう「友達」と呼べるだろうか。向こうは単なる同級生としか思ってないだろうが。
 万が一正体が知られても、皆守なら大丈夫な気がした。あまり他人に興味がなさそうな彼のことだ、そんなに根掘り葉掘り詮索はしてこないだろう。……それよりも注意すべきは、やっぱり八千穂ちゃんだろうな。
 学ランの上からベストを着て、手袋をはめる。髪をかきあげて、額にゴーグルをセットする。ナイフを装備してマシンガンを担げば、《宝探し屋》葉佩九龍の完成だ。
 ―――葉佩君は、とても明るくて素直ないい子だから。
 脳裏で、雛川の言葉が蘇る。ごめんね、ヒナ先生。
「……俺、ちっともいい子じゃないよ」
 持ってきた靴を窓際で履き、誰もいないことを確かめて、九龍は非常階段へ跳んだ。




 墓地には、淋しげな風の音が置き去りにされていた。
 寮から漏れる光と、晴れた夜空の満月のおかげで、暗視を使わなくてもそれなりに明るい。てっきり和風だと思っていたのだが、平たい洋風の墓石が整然と並んでいる。
 うーん、とりあえず端から順に調べてくか。
 木の陰から様子を伺いながら、九龍は神経を研ぎ澄ませた。八千穂の話によると、墓地を見張る管理人がいるはずだ。話を聞いてみることも考えたが、前の転校生がここで行方不明になったということは、原因となる何かがあったに違いない。まずはせめて、その手がかりを。
「葉佩クンッ」
 突然かけられた声に、九龍は飛び上がるほど驚いてしまった。反射的に銃を向けそうになる本能を抑え、振り向くとやはり。
「へへへ〜」
 八千穂である。敵意や殺意がなかったせいか、気配に全く気がつかなかった。
「こんな夜に墓地に来て何してんの? まさか、一人で肝試ししてるわけじゃないよねェ〜」
「や、やあ、八千穂ちゃん、奇遇だねっ」
 作り笑いで片手を挙げて、ごまかすように言ってみる。
「そうそう俺、幽霊とか大好きでさ! こんな月の夜には出るっていうから、よかったら八千穂ちゃんも」
「……う〜ん。なんかアヤシイなあ」
 月明かりが災いして、思いっきり疑いの目でじろじろと見られてしまった。
「幽霊が見たいか見たくないかはともかく……、ベストに手袋、それにゴーグルなんて着けて。何でそんな格好してるの?」
 MP5に目を留めて、しかもエアガンまで、と呟かれる。あの、これ一応へッケラー&コック社謹製の本物なんですけど。反論する気力もなく、九龍はなんとか言い訳を考えた。
 確かに、どう見ても肝試しの装備じゃないよな。まあそれでなくても、知らない奴が見たらおかしな格好に違いはない。
「え、えーと……趣味?」
 ごまかせる自信がなくて、勢い語尾が疑問形になった。む、と八千穂が考え込む表情になる。
「もしかして、スパイとか? あッ、でもそういう格好の人、何かで見たことあるな〜」
 なに、見たことあるんですか、トレジャーハンター!
 いやすっかり有名な職業になったもんだ、などと感心している場合ではない。記憶を探るように難しい顔をしながら、ト、ト、トリじゃなく、トロ?と思い出しかけている八千穂に、九龍はすかさずボケと丸わかりの合いの手を入れた。
「ト、トロ職人!」
「そうそう、毎朝新鮮なネタを仕入れて、お客さんにおいしいトロを食べてもらう―――って、違〜うッ!」
 思いがけずノリツッコミが返ってきて、九龍は素で笑ってしまった。しかもどんな職人よ、いいよ後で自分で調べるから、と八千穂が呟いている。
 ……これはバレたかな、バレたんだろうな。
 内心、がっくりと肩を落としたい気分だった。しかも、一番知られたくなかった相手だといっても過言ではない。學園中に広まってしまえば、自分はこの任務を外されるだろう。秘密裏に行われるべきこの學園の調査を、みだりに公にしたとして、ライセンス停止あるいは剥奪の可能性もある。
「まァ、でも見つかったのがあたしで良かったじゃない」
 こうなったら口封じか、などと思い詰めて物騒なことを考えていたので、だから驚いた。
「葉佩クンの正体、誰にも言わないから安心して。二人だけのひ・み・つ」
「え」
 好奇心旺盛で、世話好きでお喋り好き。そんな八千穂のイメージが覆されて、九龍は彼女を拝みたくなってしまった。
「ありがとう八千穂ちゃん愛してる、ユビキリゲンマン!」
 九龍の怪しい発音に笑いながら、八千穂は唐突に頬を染めた。
「共通の秘密を持つ二人の間に、芽生える禁断の愛―――。ロマンチックよねェ」
 そのまま、うっとりと夢見るような表情で何事かを妄想している。待って、愛が芽生えるのは大歓迎ですけど、何故に禁断?
「ところでさ、何か墓地で面白いもの見つかった?」
「え? いや、まだ何も」
 とりあえず話題が変わったことに安堵して、九龍は首を振ってみせた。
「あたしも色々怪しいとこを探したんだけど、実際、墓地なんてどこもかしこも怪しくて……」
 八千穂が言いかけた、その時だった。
 少し離れた場所で、何かが動く音がした。石が擦れるような、歯車が軋むような。自然のものではない、人為的な音である。
「あっちから聞こえるわ。見に行ってみよッ」
 一瞬顔を見合わせた九龍と八千穂は、すかさず音の方へ走り寄った。
「確か、この辺りから―――
「……八千穂ちゃん、これ……」
「何か見つけた?」
 九龍は黙って、墓石の一つを指差した。石が動かされて、その下に人が一人通れるほどの穴が開いているのが見える。底は暗く、深さまではわからないが。
「一体、何の穴だろ?」
 ひんやりとした、かび臭い空気が流れ出てくるのを感じた。長年培われてきた九龍の、《宝探し屋》としての勘が告げた。
 ―――入口だ。
 間違いない。この下に、遺跡がある。
「おい」
「きゃッ!」
―――ッ!」
 穴を覗き込んでいた二人の背後から、突然男の声がした。今度こそ九龍は振り返って、銃を向けてしまっていた。その先には。
「まったく……困った連中だぜ」
 驚いたような皆守が、ため息混じりで立っていた。ゆっくりと両手を挙げ、ホールドアップの姿勢を取られて、ようやく九龍は自分の臨戦態勢に気づく。
「わ、悪い皆守!」
 民間人に、しかもクラスメートに銃を向けるなど言語道断だ。慌ててマシンガンを背中に回し、土下座する勢いで謝るが、皆守は気にしていないようだった。どうやら八千穂同様、本物の銃だとは思っていないらしい。ここが平和な日本で、九龍が普通の高校生である限り、それが当然なのだが。
「八千穂はともかく、転校生のお前まで墓地で肝試しかよ? それに……」
 さっきの八千穂の視線をなぞるように、頭から足の先まで見つめられる。
「何だ、そのイカれた格好は?」
 うわ、ずばり言われると傷つくんですけど。
「あのさ、皆守クン。実はそこの墓石の―――
「夜の墓地への立ち入りは校則で禁じられている」
 説明しようとした八千穂の台詞を奪って、皆守は抑揚のない声で言った。
「違反する者がいないか、《生徒会》の連中も目を光らせているって話だ。まァ、それだけじゃなく、実際この辺りは物騒だしな。三ヶ月前にも、この墓地のある森で生徒が行方不明になっている」
 お前は知っていたはずだろう、八千穂。責められて、彼女は黙ってうつむいた。
「せっかく、俺が忠告してやったのに……」
「ああ、うん、そうだった皆守、愛のなせる業だったな」
 八千穂の味方をしたくなって、九龍はわざと言葉に棘を含ませた。皆守が眉を寄せる。
「俺はお前のためを思ってなァ―――ちッ、大体なんで俺がお前の心配しなきゃなんないんだよ」
「そういう皆守クンだって、墓地で何してんの? もう寝てるかと思ってたよ」
 顔を上げた八千穂が、素朴な疑問を口にする。そうだ、あんな時間に寝たんだったら、今頃とっくに熟睡してるはず。
「寝ようとしてたんだが、なんだか寝付けなくてな」
「……お前、やっぱりラベンダー常用しすぎじゃないか?」
 慣れてしまって、今度は逆に効果ないとか。口を挟んだ九龍を少し睨んで、皆守は続けた。
「それで、気分転換に夜の散歩でもしようと思って、こっちの方へ来たのさ。この辺りは、夜ともなればほとんど人が来ない。静かに散歩するには、もってこいだからな」
「それじゃ、校則違反じゃない。それに、さっき墓地の辺りは物騒だって……」
「別に墓地に入ろうなんて思ってなかったさ。通りがかったら話し声が聞こえたんで、覗いてみたらお前らの姿が見えたんだ。そんなことより八千穂―――お前こそ、何だって墓地にいるんだ?」
 皆守はアロマパイプを揺らして、八千穂をじっと見つめている。視線をさ迷わせていた八千穂は、観念したようにぽつりと言った。
「あたしは、月魅の話が気になって……」
「七瀬の?」
「うん。何かさ、この天香學園に秘密があるとか言ってるんだ。特に、この墓地が怪しいって言ってたから、夜になったら見に行ってみようかな〜って」
 へへへッと笑った彼女は、いつもの調子を取り戻したようだった。
「暇人が……。こんなシケた學園に何があるってんだよ?」
「え〜、でも先生や生徒が行方不明になったり、幽霊が出るとかいう噂があったり、絶対、怪しいと思うけどなァ」
「……」
 アロマを吐き出した皆守は何も言わなかったが、呆れた、馬鹿馬鹿しい、といった様子が明らかだった。半ばむきになった八千穂が、先ほどの墓石を指差して。
「それにほら見て、そこの墓石が動いてて、その下に穴が―――
「誰だ」
 ざく、と土の音がした。しゃがれた声が届いて、三人は一斉に振り向いた。
「きゃッ」
 八千穂が思わず小さな悲鳴を上げる。そこにいたのはランプとスコップを持った、ミイラじみて不気味な老人だった。
「誰だ……墓地に無断で入り込む者は?」
 枯れ木のような肌と、金色にも見える色素の薄い瞳。息を飲む八千穂に、九龍も例外ではない。ただ一人、皆守だけが冷静に言った。
「安心しろ。こいつが墓地の新しい管理人だ」
「誰の許可があって、墓地に入り込んだ?」
 皆守の紹介など耳に入らなかったかのように、老人はこちらを睨みつける。どもる八千穂から九龍に視線を移し、老人はにやりと笑った、かに見えた。
「さっさと出て行け。さもなくば、土の中に埋めてしまうぞ?」
「……どうぞ。できるもんならな」
 あえて、九龍は挑戦的に答えてやった。どうもただの管理人には思えず、反応を見るためだった。
「俺とやるつもりか? やめておけ。お前のような青二才では、俺には勝てない」
 確かにあんたみたいな老人と比べりゃ、俺なんてまだまだヒヨッコなんだろうよ。
 売られた喧嘩を買おうとする九龍をかばうように、皆守が一歩前に出る。
「こいつは転校生なんだ。勘弁してやってくれないか」
「ふん。また転校生だと? 一つ墓石が増えることにならなければいいがな」
「……」
 老人と、九龍と皆守と。睨み合いに似た沈黙が続いて、やがて、老人が口を開いた。
「……今回は見逃してやる。さっさと行け、俺の気が変わらんうちにな。……もう、ここへは来るな」
 呻くような、願うようなその口調に、九龍はどこか違和感を覚えた。もしかすると彼も、何かを知っているのかもしれない。
「言われないでも出て行くさ。行くぞ」
「うッ、うん、ほら葉佩クン」
 もっと話をしたいと思ったが、皆守と八千穂に促された。なにより老人自身が、それ以上の会話を望まないようだった。……まあ、いいや。とにかく、墓地が怪しいというのは正解だった。今日は、それが確かめられただけでも。
 沈黙のまま、九龍は踵を返した。続いた皆守も、普段なら口うるさいはずの八千穂も、何も言うことはなかった。
 無言で、寮への道を歩く。老人の冷たい目と、どこからか見つめるもう一対の視線を、気配として背中に感じながら。




「……」
 老人は、ただ三人を見送っていた。彼らが夜に消えるまでそこに佇み、やがて墓石に視線を移すと、完全な独り言で呟いた。
「……何故、隠されていた《岩戸》が開いているのだ? 一体、誰が……」
 ぽっかりと口を開けた、墓石の下の穴。それはまるで、《岩戸》自らが導いたかのごとく。
 ―――あの転校生こそが、待ちわびていた存在だとでも言うように。
 振り仰ぐと、建物の屋上から見下ろす影が見えた。月明かりを逆光に、マントのごとく翻る長いコート。やはり来ていたかと感心しながら一瞥すると、老人は彼に背を向けた。
「……転校生。呪われた學園に迷い込んだ、愚かな贄よ」
 かすかに笑みが含まれたその男の声は、誰に届くこともなく。
「果たしてどこまで行けるか、その腕前を見せてもらおう」
 威圧的な独白を残し、闇に溶けた。






→NEXT 2nd. Discovery#1



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